3-9.爺やの報告
馬場の方に目を向けると、執事服をきちっと隙なく着こなした爺やが、こちらに向かって全力で走ってくる姿が見えた。
なぜか、手にはティーポットを抱えている。
「ら、ライース坊ちゃま――っ!」
お祖母様とほぼ同い年の老人が、そんなに懸命に走ってどうしたというのだろうか。
見たらすぐにわかることだが、かなり慌てているようだ。
「……ライース坊ちゃま、こんなところにいらっしゃいましたか」
ライース兄様を見つけた爺やが、安堵の表情を浮かべる。
探しましたぞ。という言葉は腹の中に飲み込んだようだ。
乗馬の訓練をしているはずなのに、馬場にあたしたちがいなかったのだから驚いたのだろう。
「ゲインズ? そんなに慌てて……どうしたのだ?」
ゲインズ……というのは爺やの名前だ。
爺やはメイド長マイヤの夫で、アドルミデーラ家には幼少の頃から仕えているって言ってた。
アドルミデーラ家の執事長を長年勤め、今はお祖母様の執事として仕えている。
息子や娘、甥や姪なども執事やメイドとして、アドルミデーラ家に仕えているという、忠義の一族だそうだ。
爺やことゲインズさんは、そこそこのお年なのだが、あれだけのスピードで走っても息を乱すことなく、足取りもしっかりしている。
だが、いつもは穏やかで温和な『おじいちゃん顔』が、今は微妙に引きつり、心なしか顔色が悪い。
「大変です。ライース坊ちゃま! 大変です! 落ち着いてください!」
ちょっとやそっとのことでは動じない爺やの様子が変だ。
なにかを感じ取ったカルティが、木の陰からそろそろと姿を現し、あたしたちの側に並んでいた。
ミリガンは……ローマンとセンチュリーと一緒に仲良く草を食べている。
「ゲインズ、大変なのはよくわかった。だから、まずはゲインズが落ち着け」
ライース兄様の視線がちらりと爺やが手にしているティーポットに向いたが、そのことにはあえて触れない。
「あ……はい」
爺やは一度、深呼吸をすると、険しい表情でライース兄様へと向き直る。
今まで見たことがない厳しい表情と、真っ白なティーポットのとりあわせがなんとも奇妙だ。
緊迫した空気が両者の間に流れる。
「さきほど大奥様が……お倒れになりました。気を失ったまま……意識が戻りません!」
「お祖母様が!」
カルティの口から小さな悲鳴が漏れ、ライース兄様の目が大きく見開かれる。
あたしも爺やの報告に、驚き固まってしまう。
(お、お祖母様……)
「どういうことだ? 昼前にお会いしたときは、いつもよりも元気そうに見えたぞ」
「はい。大奥様は、今日は気分がよいからと、テーブルで薬草茶を飲むことをお望みになられて……。確かに、おっしゃるとおり、とても元気なご様子でした」
「…………」
「大奥様は暫くお茶をたのしんでいらしたのですが、突然、胸の辺りを抑えながらお倒れになって……」
(まさか、飲んだ薬草茶がまじゅくて、びっくりして倒れたわけじゃないよね?)
「まさか……毒か?」
「いえ。それはないかと……」
「気を失われて、意識がないといったな?」
「はい」
「苦しんでいらっしゃるのか?」
「いえ。それはございません。倒れられた直後は苦しそうにされていましたが、今は呼吸も落ち着いていらっしゃいます。ですが、わたくしどもの呼びかけには全く応えてくださらず、昏々とお眠りになっております」
爺やと短いやりとりを交わした後、ライース兄様は目を閉じ、軽く頷いた。
「わかった。お祖母様の部屋に行く」
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