一章 俺の生きる世界は

学校のチャイム。廊下を駆ける足音。生徒の笑い声。

学校中の音全てが、俺の耳に飛び込んでくる。


長い梅雨が終わり、夏に差し掛かろうとしている六月下旬。

アイツは青空の下、両手を広げて深呼吸をしている。

教室は、もうすでに夏休みの予定を合わせる奴らで溢れかえっている。

手帳片手に話し合う女子の群れ。暑さからなのか、女子が胸をパタつかせている。

それを鼻の下を伸ばし、男子軍が眺める。おいやめとけ、痛い目見るぞ。


当の俺は、野菜ジュースのストローを齧っている。

そんな俺を見て、アイツが駆け寄ってくる。

隣の机に腰掛けて、俺を見つめる。

目が合えば、笑顔が弾ける。


―――違う。


目を開く。

そこは、夏の学校、教室じゃない。

俺の部屋、ベッドの上。

耳元ではアラームが泣き喚く。

俺の目は、勝手に涙を流している。


ため息をつき、頭を掻きながら起き上がる。

そのまま洗面所へ。顔を洗い、髪をとかし、服を着替えた。

今日も一日が始まった、そう思わせるために頬をつまんだ。

鏡の前で口角を上げ、にこりと笑う。


次は台所。

トースターでパンを焼き、卵二個を眺め、目玉焼きを作ると決心。

フライパンを出し、油を引き、見事きれいな目玉焼きが完成した。


目玉焼きを頬張りつつ、淡い光を放つテレビをじーっと眺める。

アナウンサーが紹介しているのは、壁の向こうから届いたとされる本。

その本に題名は無く、筆者も不明。

ただ、壁の向こうの世界について記されていた。

壁の向こうの世界には、人間も動物も植物も生息していること。

朝も昼も夜も存在し、地面には芝生が生えていること。


全く同じだ。

薄々気がついていた。この世界と、向こうの世界は同じだと。

壁を挟んだ向こう側の世界も、この世界と何一つ変わらない世界だ。

ではなんで。

どうして壁で分ける必要があったのか。


謎ばかり募らせる。

おそらく壁は分厚い。壁に体を付けて着信をかけても、アイツには繋がらない。

電波がない。すなわち壁が分厚いか、はたまた壁の向こうが森か。

分からないが、いつかは壁を破ってやろう。

アイツともう一度話すために。

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