薔薇庭園の姫〜princesse dans la roseraie〜

入江 涼子

第1話

  とある王国にローズガーデンがあった。


 そこには薔薇庭園があり閉ざされた場所でもある。白薔薇の姫と称される美しい女性が幽閉されていた。

 そんな彼女に興味を持った他国の王が姫を正妃にと望んだ。が、とある王国ことロワール国の王はそれを拒む。他国の王はそれに怒り狂い、軍を送り込んだ。ロワール王国は戦火に荒れに荒れて一日の内に城は落城した。国王は斬首されて討ち取られる。

 他国の王は城の奥深くにある薔薇庭園に自ら兵たちと押し入り白薔薇の姫を見つけ出す。白薔薇の姫は逃げ出そうとしたが王により呆気なく捕らえられる。姫は他国の王の手に堕ちた。そして、彼女は敵国の王妃になる。

 白薔薇の姫はロワール王国が滅んだのは自身のせいだと毎日嘆いた。王が金銀財宝を与えて珍しい品をも与えてしたが。彼女は泣き止まなかった。余計に国に帰りたいという。

 仕方なく王は姫をロワール王国だった土地に彼女を帰してやった。だが、それは姫に現実を突きつけるものだった。人はいなくなり土地は枯れて閑散とした空気が広がるだけだ。愕然とした姫は自身の命を絶とうとする。けれどできない。

 お腹には夫との子が宿っている。せめて、この子を生んで育てないといけない。そんな心理が働いて姫は立ち上がった。

 馬車に乗り込み、姫は国に戻ったのだった。ロワール王国を滅ぼしたブライトン王国に。


 そうして、ブライトン王国にまた春がやってきた。姫は双子の男の子を出産する。第一王子は父王に似て茶色の髪と赤茶色の瞳に第二王子が母妃に似て白金の髪に淡い琥珀色の瞳の美しい赤子として生まれた。

 王子たちは元気な産声を上げたが。姫は難産の末だったので体が弱っている。出血が酷かった。

 侍女や医師、産婆達が懸命に処置を施したおかげで姫は辛うじて命を取り留める。それでも、一週間は予断を許さなかった。

 姫は死を覚悟した。王子たちは無事だ。ただ、父であったロワール王国の王や母の王妃に兄弟たちにやっと会える。それが切なくもあり嬉しくもあった。

 王子たちの側にもっといてあげたかった。大人になるまで見守り孫をその手で抱いてやりたいけど。

 そんな思いがよぎる。自然と涙が出た。ああ、私は今になって生きたいと思うとは。でも、私の体はもう保たない。せめて、夫に王子ー息子たちの事を頼もう。

 姫は薄れつつある意識の中で侍女に夫である王を呼ぶように言った。侍女は急いで王を呼んできた。

「どうかしたのか?」

 王はすぐにやってきた。虫の息の下で姫は王の方に手を伸ばした。

「…陛下。私からお願いがあります」

「何だ。願いとは」

「どうか、王子たちを。陛下にお願いしたいのです。私はもうもちません。申し訳ありません、陛下」

 姫はそう言いながら涙を流した。王は伸ばされた手をそっと握る。姫の手はほっそりとしているが冷たい。

 姫がそっと瞼を閉じる。王は言葉を発さなくなった妻の額に触れた。

「…姫」

 王はやっとの事で声を絞り出した。妻こと姫は既に息を引き取っている。侍女や産婆達は泣き崩れたのだった。




 あれから、さらに一月が過ぎた。ロワール王国の姫、王妃が亡くなってやっと一月だ。王は悲嘆に暮れていた。政務をなんとか続けていたが。王妃を失った痛手は大きく家臣たちも表情は暗かった。

 そんな王にとって心の支えになっていたのは王妃の残した双子の王子たちだった。侍女や乳母たちも王子たちを見ると亡くなった王妃の思い出話を語らうようになる。

「…王妃様はお美しくて優しい方でした。ご自身のせいで国が滅んだのだと深く悩んでおいでだったようです」

「そうだったのですね。おいたわしい」

 乳母が言えば侍女も涙ぐんだ。王子たちは亡くなった王妃ー母君を覚えていない。王は近いうちに王妃の肖像画を描かせようと決めている。

 その後、王妃の肖像画が出来上がり王子たちは物心ついた頃に母君の話を父王や乳母たちに聞く。

 不幸な王妃を悼んで王子たちはロワール王国だった土地に王妃の呼び名だった白薔薇をたくさん植えさせて墓標の代わりにしたという。今でも王子たちはここを訪れて母君や祖父母たちを弔う。

 かつて己の父が為した悲劇を繰り返さないように。白薔薇の花がただ、咲き乱れる中で姫は眠る。

 静かに時は流れていたのだったー。


 

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