第16話 魔族とは何か
人の少ないラウンジには、相変わらず穏やかな曲が流れている。スピカさんは黙ったまま、なにか考えているようだった。研究者としての勘が告げている。俺は核心に一歩踏み込んだのだと。
しばらくして、スピカさんはティーソーダを飲んで息を吐いた。それから姿勢を正して俺を見る。覚悟を決めたような目をしていた。俺もスピカさんに倣い、姿勢を正した。
スピカさんは言葉を探すように口を開き、閉じてから、今度こそ声に乗せたようだった。
「貴方は勇者をなんだと思いますか?」
抽象的な質問だった。そして俺がした「勇者とはなにか」という質問に質問で回答している、とも受け取れる。多くの場合こういう風に質問に質問を返されるのは、その質問内容が重要なものか、出来れば隠したい内容のものになる。俺調べではあるが。
今度は俺が悩む番だった。勇者とはなにか。言葉の意味を答えるなら「勇気ある行いをした人」になる。だけどこの場合、スピカさんは勇者という言葉の意味を聞いているのではない。テンのことを聞いているのだ。
「勇者は……テンは、神の御使いで魔王を封印した人です」
「魔王? それはどんなものですか?」
「え?」
今度はすぐに返ってきた反応に戸惑う。質問に次ぐ質問。これは俺の認識の確認だろうか。それとも核心に迫るための誘導尋問だろうか。まるで面談をされているような気分だった。こういう時は変に取り繕っても仕方がない。
「魔王は、魔族を使って人々の生活を脅かしたものだと思っております」
「どうしてそう思うのですか?」
「おとぎ話ではそう伝えられているからです」
俺の返事を聞いたスピカさんは、目を細めてなにかを懐かしむようにこう言った。
「おとぎ話とは、本当によく考えられた伝承ですね」
どういう意味か尋ねる前に、スピカさんはもう一度俺に質問を繰り出した。
「ではキールさんにお聞きします。貴方は今まで暗黒期の研究をされてきたのですよね。その中で魔族、もしくは魔王の遺跡や存在の物的証拠はありましたか?」
「いえ……ありません」
「そうでしょうね」
質問だと思ったが、これは俺への質問ではなく確認作業だった。俺が持つ常識に一石を投じる、重要な確認だった。
スピカさんの言葉は「魔王や魔族の痕跡はこの世界に存在しないこと」を示していた。言われてみればたしかにそうだ。俺はこれだけ長い間暗黒期についての研究をしているのに、魔王や魔族という言葉は文字でしか見たことがなかった。
「王」や「族」と付くからには生き物だと思っていたが、生物がなんの痕跡も残さずに消え去ることなど有り得るのだろうか。魔族という生物が存在すると仮定した場合、王という主導者がいて王に従う魔族がいるような種族で、人間を追い詰めるほど知能が優れた生物ということになる。魔王や魔族が生きていたなら、人間を追い詰めるための拠点を作るのが普通だろう。どんな動物も寝床や繁殖のための巣を作る。魔族だけ例外だというのは考えにくい。しかしこの世界のどこにも、魔族の拠点と言われる場所は存在しないのだ。
この世界で地図に載っていない土地、つまり人の手が入ってない土地は、ここ果ての大陸と海の外だけだ。災害や流行病で人類が一網打尽にされるのを防ぐため、どの土地にも人が住む集落がある。インフラが整備され科学技術が発達した現代でも、魔族が住んでいた土地があるというのは聞いた事もない。あるとしたらこの果ての大陸となるが、俺が見たのはどれもかつて人間が生活していた痕跡だけだった。
スピカさんは「魔族が存在したという物的証拠はない」と言った。つまり、魔族という生物は存在しないということにならないだろうか。
俺は顔を上げてスピカさんを見た。彼女は知っているのだ。魔族とはなにか。そして勇者とは、テンとは何者なのかを。
眠り勇者の物語〜医者のいないこの世界で〜 池田エマ @emaikeda
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