テロメアの愛

弐月一録

テロメアの愛


前世も来世も共に在る。そう愛する者に永遠を誓う者は、この世に何人いるだろうか。


ここに、一組の夫婦がいる。彼らには数多い前世があって、生まれては結ばれて死に、生まれては結ばれて死にを繰り返していた。


お互いに自分の命よりも大事な存在。決別よりも苦しいものはなかった。生まれたからにはいずれ死に、また巡り会う日を待つ。美しき愛の物語と言えるが、やがて夫婦は来世などない方が良いと思うようになる。どちらかが先に死んで、巡り会うまでの間独りぼっちでいるのがとてつもない苦痛に感じたのだ。


そこで、永遠に死ぬことの無い装置を開発した。



人ひとりが入れるカプセルを二台寝室へ設置、そこに毎晩入って睡眠をとることで細胞の老化がとまり、いつまでも若々しくいられる。いわゆる不老不死となるのだ。


夫婦は来世を遮断し、今世のまま永遠に愛し合うことを誓った。


だが、周りの人間は夫婦とは違い、命は限りがあるからこそ尊く、老いて顔や体に刻まれる皺が美しいのだと唱えた。


恩師が亡くなり、親が亡くなり、兄弟が亡くなり、子や孫が亡くなっても夫婦は若いまま生きていた。


皆、カプセルに入ればずっと共に生きられるのにと夫婦は残念がったが、夫がいれば、妻がいればそれだけで良かったので大した問題ではなかった。



今日が何年の何月何日か曖昧になるほど、代わり映えのない日々を過ごした。夫は妻の顔を毎日飽きずに眺めていた。だから、気が付かなかった。いつしか彼女がカプセルに入ることをやめて、少しずつ年老いていることを。


夫がようやくそのことに気付いたのは、妻が老衰で倒れた時だった。毎日毎日、同じことの繰り返しで感覚が麻痺し、自分が何百年生きているのかもわからなくなっていた。


どうして、カプセルに入るのをやめたんだ?


夫は嘆きながら死にゆく妻の皺だらけの手を取り、問いかけた。


私達は、永遠の時間を手に入れたことで時間を大事にしなくなった。誕生日や記念日を祝うことも忘れ、やりたいことも後でやろうとして結局は何もしなかった。喜びや悲しみを共有することもしなくなり、命が終わった人達を見下していた。今の自分とあなたとお別れするのは苦しいけれど、生まれ変わってあなたと巡り会って、また一から生きていく方がよほど楽しくて人間らしいんだわ。



そう言い残して妻は旅立った。夫は何百年ぶりに大粒の涙を流した。



その日の夜から、夫はカプセルに入っていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テロメアの愛 弐月一録 @nigathuitiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ