True end ver.

 世界には、不思議な話が溢れ返っている。


 曰く、トイレの花子さん。

 曰く、首なしライダー。

 曰く、存在しない駅。


 それは事実であったり、はたまた誰かの作り話であったりするものだ。けれどもたまに、作られた事実が本物になる場合がある。


 そんなことを考えつつ、咥えていたタバコの煙を見つめていれば、息を切らして走り寄ってくる人影が視界の端に写った。


「見つけました☆ 次の救済のことなんですけどぉ」


 それはあのウサギ頭の人間だ。奴はため息と共に腕組みをして睨みつけてきた。タバコの灰を携帯灰皿へ落とし、それから再び口に咥え、肺を煙で満たす。それをゆっくりと吐ききれば、ウサギ頭は何回か咳込んだ。被り物かと思っていたが、やはりどうやら違うらしい。


「全員助けられるわけないやろ。俺らは、万能な神様でも、チートスキル持った冒険者でもないんやで?」

「でもでも、今回は上手いこといったじゃないですかっ。ラジオから聞こえた声も、階段の音も、窓の血も、全部全部ぜーんぶ、ケンタくんの幻聴、幻覚だったんですから☆」


 そう。あれらは存在していなかったもの。全て、彼の恐怖から起こった思い込みというやつだ。

 よく言うだろ。一人で夜中歩いていると、風が草を揺らす音でさえ、多大な恐怖になるって。つまりは、そういうものだっただけである。


「ま。今回の小芝居に付き合ってもらったことは感謝してるさ。お陰様で、あの家族も無事だったし、ケンタくんの思い込みも無くせたことだしな」

「でもでも、良かったんですか? これで貴方は、世界からまたひとつ消えたんですよっ?」

「別に構わない。大して重要な人間でもなけりゃあ、俺は大切な時間を巻き戻せりゃそれで満足だからなぁ」


 もうほとんど短くなったタバコを携帯灰皿へ入れ「次行くぜ」と歩き出す。ウサギ頭が「えぇ!?」と慌てだすのを尻目に、どんよりとした曇り空を見上げた。


 時間を戻せば戻しただけ。

 人を救えば救っただけ。

 この世界は“俺”を忘れていく。


 胸ポケットにしまった、薄汚れた写真。そこに写る幸せな笑みの女性と子どもが、俺の見えない先を照らし続けている気がした。


「なんとも救いの見えん物語ストーリーやなぁ」

「何か言いましたかっ?」

「なーんも。それで? 次の噂話はどういうやつなん?」

「え! えーっとですね、次は……」


 後ろで騒ぎ立てる声を聞き流す。すれ違った兄妹の仲睦まじく話す姿に、ほんの少しだけ頬を緩ませて。

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ゴルディアスの螺旋階段 とかげになりたい僕 @HAYATOtm

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