Happy end ver.

 そのラジオは、深夜四時、突如として始まるという。




 俺はケンタ、大学三年生。

 友達はまぁそれなりにいるほうで、彼女もまぁいる。アルバイト先はよくあるファストフード店で、そこのアルバイトマネージャーみたいなことをやっている。

 所謂、普通の大学生というやつだ。

 そんなある日、アルバイト先の女子高生がこんな話をしているのを聞いた。


「知ってる? 深夜のしあわせラジオ」

「知ってる知ってる! 月に一回だけ、夜中の四時に流れるやつだよね?」

「あれ聞いたら幸せになれるんだってー。友達の友達が幸せになったって聞いたよ!」


 何がしあわせラジオだ。しかも友達の友達って他人じゃないか。よくある都市伝説に、俺は「早くシフトに入れ」と笑いながら言い、制服のネクタイを締めた。


 だけどある日。

 レポートがなかなかまとまらず、珍しく徹夜をすることになった。背伸びをし、ふと時計を見れば、長針は三時五十九分を示すところだった。


「しあわせラジオ、か……」


 CDプレーヤーをつけ、備えつけのラジオモードへ切り替える。しかしそこで気づいた。


「どこのラジオだ?」


 ラジオといっても、なんか色々電波があったはず。まぁ、しょせん女子高生の噂だ。そもそもとして無いのかもしれない。

 そう思い、電源を落とそうとした時だ。


『ちゃらら♪ ちゃららん♪ ちゃっちゃらー♪ しあわせラジオ! 始まり始まりー!』

「え、なんだこれ……?」


 やけに陽気な鼻歌を機械音声みたいな声で歌い、そしてその声ははっきりと“しあわせラジオ”だと言い切った。


『今月のラッキーさんは、君だよ! ケンタくん! ○○日後に君にしあわせを届けに行くから、楽しみにしててね!』

「俺に? 一体なんだ?」


 そのラジオ自体はすぐに終わり、すぐにザーザーという砂嵐の音が聞こえてきた。特に疑問に思うこともなく、俺は眠気に勝てずその日は布団へ入った。

 トン……という音の後に「いーちにーちめー♪」と聞こえたが、気のせいだろうと片付けて。



 次の日の夜だ。また眠る時、あの音が聞こえてきたのだ。トントン……今度は二回。またあの声で「ふーつかめー♪」というオマケつき。


「なぁ、ケンコ。昨日なんかイタズラしてたか?」


 翌朝妹に聞いてみたが「するわけないじゃん!」と怒鳴られてしまった。そっか、そうだよ、な。明らかに機械音だったし、妹がそんな意地悪をする必要もないしな。


 また夜がやってきた。トントントン……三回。なんで一日ずつ増えてるんだろうか。

 疲れてるのかもしれない。朝日を浴びようとカーテンを開けると、窓一面が血を塗りたくったように真っ赤に染まっていた。


「な、なんだ、これ……」


 すぐに血は消えてったけど、あれは幻なんかじゃなかった。


 トントントントン。

「よーっかめー♪」


 トントントントントン。

「いーつっかめー♪」


 トントントントントントン。

「むーいかめー♪」


 日に日に増える音。

 そして俺は気づいてしまった。階段の段数が、ラジオの声が言っていた○○日後と同じことに。


「あと、あと何段だ……!?」


 最初の床は合わせるのか? 最後の段数は? なんにしろもう一週間ほどしかない。


「ど、どうする? どうすれば……」


 トントントントントントントン。

 トントントントントントントントン。


「あああああ!」


 最近じゃ目覚めも悪い。夢の中でも何かに追い回される。思い出すだけで吐き気がしてくる。

 気分転換でもしようかと、俺は歩いて隣駅まで行くことにした。平日の昼間だというのに、人っ子一人歩いてなくて、それが尚更不気味に思えてくる。


「やっぱり帰ろう……」


 自分でもわかるくらいに体調はよくないし、きっと顔色も良くない。でも一緒に暮らす家族からは特に何も言われない。

 それが尚のこと怖くて、本当は家にも帰りたくないんだけどな。


「よっ、にーさん。元気?」

「あなたは……?」


 歩道の植垣に座り、俺に声をかけてきたのは、ハイビスカスのTシャツに短パン、サンダルという、いかにも怪しいおっさんだ。頭に巻いたタオルには“仏”の文字が書かれている。


「俺? 俺は坊さんや。なぁ、にーさん。最近なんかなかったか?」

「何か……」


 俺はラジオのこと、音や手型のこと、夢のことを話した。もう誰でもいいから助けてほしかったのだ。


「なーるほど。ほいじゃ、これあげるよ」


 そう言ってくれたのは、ただの変哲もないロウソクだ。よく仏壇やお墓に飾られているタイプの、白くて長いやつ。


「それを最後の一日、部屋の前につけて置いときな。きっと守ってくれるぜ」

「ぁ、ありがとうございます! 誰に言っても信じてくれなくて。本当にありがとうございます!」


 お坊さんが手を振るのに何度も頭を下げて、俺は駆け足気味で帰った。


 何日か過ぎて、ついに今日の夜が最後の日になってしまった。俺は言われた通りにロウソクに火をつけて、用意した皿に少しロウを垂らして固定する。火が消えないか心配だったけど、もう祈るしかない。


「ふーっ、ふーっ」


 布団を頭から被って息を凝らす。やけに煩い心臓の音と、やけに熱い布団に、何度も頭を出したくなる。それでも耐えて、耳を澄ませていると――


 トントントントントン……トントントン。


 来た! 階段を登りきったそいつは、どうやら部屋の前まで来たらしい。ロウソクよ、どうか俺を助けてくれ!


「あっれー。なんだか明かりがついてますぅ。きっとケンタくんが自分のお部屋を教えてくれてるんですね」


 そんなわけないだろ!

 がちゃり、と扉が開いた。

 あのロウソクなんの意味もなかった! あのクソ坊主! 呪ってやるからな!


「さぁてケンタくん。隠れても無駄ですよぉ。しあわせを渡しに来ましたぁ!」


 布団を剥ぎ取られ、目の前にウサギ頭の人間? が見えた。手にチェーンソーを持っているのが見えて、喉から一瞬変な声が出る。


「ぁ……ぁ……」

「では皆さんご一緒にぃ。死合わせになりたいかー! なりたーい!」


 チェーンソーから音が出始める。あぁ、駄目だ、俺、死ぬんだ……。振り上げたチェーンソーから逃げるように、俺は目を瞑っ――


「かぁぁぁあああつ!」

「ぎゃあああ!」


 ウサギ頭の悲鳴が聞こえて目を開ければ、そこにはもうウサギ頭はいなかった。代わりにいたのは、あの坊主だ。


「よっ、にーさん。危なかったな」

「え? ん?」


 状況が呑み込めず、俺はただ呆然と坊主を見つめ続ける。


「ま。これにて一件落着。めでたしめでたし」

「いや、これホラーなんですよ。助けちゃ駄目でしょ」

「なんや、にーさん死にたがりやったん? それはすまんかったな」

「そういう意味じゃない」


 てか不法侵入も甚だしい。俺は「どうも」とだけ言って、坊主に早く出ていけと扉を指差した。


「なぁ、にーさん」

「はい?」

「今回のにーさんは助かった。だけど、違うにーさんはどうかねぇ」

「他人のことなんて知りませんよ。ありがとうございました」


 ひらひらと手を振る坊主に、しっしっと手を振って、俺は久々の惰眠を貪れる幸せに浸っていた。




――ザザッ、ザッ。


『今月のラッキーくんは、君だよ。え? 誰かって? 君だよ、君』

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