第3話

「あんた!

 私が悪かった、言いつけを守らんで、こんな事になってしもうて……」


 男は、小屋に戻るなり、土間に倒れこんでしもうた。

 なんとかここまで帰ってきたようで、あちこち怪我をして血を流していて虫の息に見える。


 小梅は、急いで男の怪我の手当てして、寝床へ寝かせた。



 男は丸一日寝込んだが、小梅の看病もあって、目を覚ました。

 床に伏せたまま、看病する小梅を視線で見つけると、『話がある』と口を開いた。


「ええですか、この山を小梅の村と反対側へ下りると、村があるもんで。

 そこは小梅の居た村より、食べる物も人の心も余裕がある所だで。

 このお守りを持っておれば、悪い者は近寄って来れんでしょう、これを持って行ってくんろ」


 小梅の手に、懐から取り出した小さな小さな破魔矢を渡して、男は優しく微笑んだ。

 お守りらしいそれは、よくよく見ると、羽の部分が雀の尾羽で作られとった。


「そんな! あんた一人置いてなんか行けるわけない!」


 小梅が即座に突っ返そうとすると、男はそれを大きな手で押しとどめる。


「おのれは、元々山暮らし。

 なんも心配する事なんかねぇ。ここに居たら、探して来るやもしれんで」


 どんだけ小梅が首を振っても、大丈夫だの一点張り。

 けれど、そういう男の左腕はほとんど動かず酷く腫れている。このまま放っておいて良いとも思えない。

 ついには小梅も折れて、男の怪我にきく薬をもらったら、必ず帰っててくると言い残して、山を下りた。




 男に渡された小さな破魔矢のお守りを懐に、一日かけて山向こうの隣村へとたどり着いた小梅。


 小汚い藁蓑背負った小梅は、村人から嫌な顔されて避けられていた。が、なんとか薬屋の暖簾を見つけようと歩き回る。


「もし、なにかお探しですか?」


 必死に薬屋を探す小梅に、身なりの良い男が声をかけてきた。

 聞けば、この村の庄屋の息子らしい。


 薬を探しているのだと、必死に事情を話せば『汚れたままでは身体に良くない、まずは小梅自身の身を清めて食事をした方が良い』と、家へ連れて行かれた。


 あれよあれよと言う間に、湯を使わせてもらい綺麗な服に着替えさせられた小梅。

 暖かな食事も出されて人心地着いた所で、改めて、怪我人がいるので薬がほしいと頼みこんだ。


 すると、庄屋の息子は、自分の嫁になってくれるのならば、高価な薬も惜しみなく渡そうと言う。


 貧乏な村に居た頃と違い、山の幸をたらふくとった小梅は、肉付きの良い締まった体で年頃の娘らしい魅力が溢れていた。

 小梅は迷った。が、今は何よりも、山の男の怪我を治したい。

 薬の代金も何も持たない自分が対価として差し出せるのは、この身一つ。


 ついには結婚の約束をした小梅の願いに、庄屋の息子は医者と薬を手配してくれた。


「小梅の恩人だ、山を下りられるようになったら、この村に住んでもらうのも良い」


 山一つ越えた反対側は豊かでゆとりのある人々の村で、確かに山の男の言う通りだった。


 そうして、結婚の約束をした庄屋の息子に見送られ、医者と、体力に自信のある下働きの女と共に、山へ入る小梅達。




 山になれていない医者連れで、二日かかってあの山小屋へ向かうが、どこにも山小屋は見当たらない。


「あんれ、おっかしいなぁ、確かにこの辺りのはずだけんど……」


 小梅が焦ってあちこちかけまわり探していると、下働きの女が小さな祠を見つけた。


「奥様、こらぁ、山神様の祠ですだ」


 言いながら、祠へ向かって手を合わせる下働きの女。


 この辺りの山を治める山神様で、昔から祀られており年に一度は村からお神酒を納めにくるとも言う。


 小梅もならって手を合わせていたが、ふと、呼ばれた気がして、祠の奥を覗き見た。


 そっと格子戸を開くと、中には見覚えのある小刀が祀られている。


 そして、その小刀の傍らに、雀が一羽。


 尾羽の無い雀が、事切れていた。


「雀だぁ、かわいそうになぁ、左の羽が折れてるだ。

 怪我でもして、格子から入り込んで休んでたんだかなぁ」


 下働きの女が後ろから覗き込み、雀にも手を合わせる。


 小梅は、冷たく硬くなった雀を、そっと手に乗せた。

 その折れた翼を、尾羽の無い体を、優しく優しく労わるように撫でる。

 ぽたり、ぽたりと、催涙雨の如く雫が落ちた。


 黙ったまま雫を落とし続ける小梅に、下働きの女がそうっと声をかけた。


「奥様。こん雀は可哀そうだけんど、よくある事だで。生きもんはみんな、生きて死ぬもんだで。そう泣く程お気持ちを落とされんで」


「んだ。分かっとります。泣いてなんかね。いやぁ、山の天気は変わりやすいもんだから、雨さ降ってきました。ほら、雨音が聞こえるでしょや。ねぇ」


 ぽたりぽたり、良く晴れた山の上。

 雀の亡骸に落つる雫の音が、木々の間に響いとったそうな。



 小梅の生きた時代から移り変わる事、幾年月。

 今の世では、七月七日に降る雨を、催涙雨という。

 織姫と彦星を分かつ涙雨の事を、そう呼び表す。


 すずめとこうめの別たれた、山神様の御座す山。

 その山へ恋人同士で登ると、何故か突然の雨に降られる事が多いそうな。


 むかしむかーしの、お話じゃ。

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