七十四話『ありきたりの青春』

「で、なんで俺たちは別行動なんだ?」


「知らないのかい、仁? 淑女の買い物は時間がかかるんだ。荷物持ちは必要になるまで時間をつぶしておくのが賢明だよ」


 という訳で、男二人はショッピングモール内のゲームセンターに来ていた。店内からはゲーム機から鳴り響くサウンドが漏れ、足を踏み入れていないのに漂う熱気に圧倒される。


「マジで入るのか?」


「仁、ゲーセンに来たことは」


「あるように見えるか? 奨学金にアルバイト生活の苦学生なめんな」


「君、本当に遊びがないな。硬派なのも良いけど、せっかく異端審問官高給取りになったんだから、多少は遊びを覚えた方が良いよ」


「ちょっと待て、押すなって! 心の準備がぁー!」


 抵抗する仁だが、竜人ドラゴニュートの筋力の前には無意味。獣装ビーストシフトを使ってようやく抵抗できるくらいの差があるのだ。そのまま、為すすべなく店内へ。


「気になるゲームとかあるかい?」


「俺、ゲームに詳しくないし」


「えっ、友達と家庭用ゲーム機すらやったことがない?!」


「孤児院にあるにはあったんだが、あんまり得意じゃなくて少ししか。中学も校風が硬かったから……」


 そもそも、中学生時代の仁は時間があれば魔道具の技術書や参考書を読み漁っていたために友達が少なかったのだ。


「初めてだし、英士のオススメのゲームで」


「じゃ、アレかな」


 案内されたのは筐体きょうたいが向かい合って並ぶエリア。遊んでいる人々の年齢に統一感は無いが、誰もが鬼気迫る面持ちで画面に向かっている。他のエリアは熱気だが、このエリアだけは殺気も混じっているような……。


「仁も格ゲーくらいならやったことがあるだろう?」


「一応。基本操作は大丈夫」


「なら始めようか」


 二人がプレイしているのは『英雄戦争・参』。大人気格闘ゲームシリーズの三作目である。キャッチコピーは『オレより強い英雄ヤツに会いに行く』。歴史上の英雄たちを自分の手で操作できるのが最大のポイントらしい。


 百円を投入すると、画面が変わりキャラ選択へ。なお、仁は全くの初心者なので、どのキャラクターが強いかはまったく分からない。


「ここは師匠にあやかるか」


 仁はレバーとボタンを操作し、『源頼光』を選択。図らずも、シンプルで扱いやすく初心者も上級者も楽しめるキャラである。


「大丈夫なのか、このゲーム」


 世界中の英雄を集めたゲームなだけあってキャラクターは数多くいるのだが、中には存命の人物までいることに苦笑する仁。

 極東だけでも、【『極東の英雄』源頼光みなもとのよりみつ】、【『陰陽頭おんみょうのかみ蘆屋あしや道満どうまん】、【『魔主エーテルロード一ノ瀬いちのせ識人しきと】、と三人も存命の人物が実装されている……。


「頼光さんの威信にかけて、弟子として必ず勝たせてもらう」


 と、意気込む仁。


 なお、結果から言うと惨敗である。三十秒もかからず敗北した。


「……なんだ、あの動き。英士、お前やりこんでるだろ」


「異端審問官たるもの相手の土俵では戦わないんだよ」


「初心者をいじめて楽しいか、コノヤロー!」


「はっはっは! なんとでも言いたまえ! ところでまだやるかい?」


「当たり前だ! 負けっぱなしで終われるか!」


 仁は負けず嫌いを発揮し、果敢に英士に挑む。なお、負けるたびに格段に強くなる……なんてことは無く、十五回ほど負け続けたが、負けるまでの時間が三十秒から四十秒になっただけだ。現実は非情である。


「クソォ! なぜ勝てない!」


「費やした時間が違うんだよ、時間が! 初心者が『アーサー・ペンドラゴン』を極めた僕に勝てる訳ないだろォ!」


 随分と軽くなった財布を持って地に倒れ伏す仁。残りの所持金から考えてこれ以上使う訳にはいかない。完全敗北である。


「分かっただろう。ゲームで仁は僕に勝てない」


「クッ……いいや、まだだ。今度は俺の選んだゲームに付き合ってもらう」


 店の壁際、人の少ないエリアにかけられたダーツボード。その前に立って、二人はダーツを構えた。


「点の高い方が勝ち。いいな?」


「もちろんだとも。負けてあげたりはしないよ」


 ダーツは二人とも初心者。つまり、さっきのような一方的な展開にはならないはずである。


(甘いね、仁。薫がよく食べてるパフェくらい甘い。技術の差がなくなったところで、人間と竜人ドラゴニュートの身体能力差はそのままだ)


 ダーツを構える英士。先ほどまでの圧倒的なアドバンテージは無いが、それでも負けるはずのない戦い。


「少しずれたな」


 が、そんな予想を覆すように中心から少し離れた位置に突き刺さる仁のダーツ。指で挟む特異な投げ方から繰り出された一矢。


「仁、君は……」


「すまんな、英士。俺、遠距離カバーのために頼光さんから投げナイフを教わってるんだ」


「少しは出来るみたいだね」


 英士の手からダーツが放たれる瞬間、指先から魔素エーテルを噴射し、方向を無理やり調整する。それは、的の中心から少し上に逸れて突き刺さる。


「同点か」


「まだまだこれからさ」


 交互に投げ合い、一進一退の攻防を繰り返す二人。もしも、見物人がいれば手に汗握る熱い勝負だっただろう。


「はぁ、はぁ。やるじゃないか」


「そっちこそ」


 最終的に二人は全くの同点、引き分けとなった。勝負はつかなかったが、笑う二人。仁もここまでバカなことをしたのは久しぶりだ。


「行くか。ネージュ達の買い物も終わったころだろ」


▲▼▲


「今度はこれを試してみましょう!」


「えっと……わ、分かった」


 次々と服を持ってくる薫にされて、言われるままに試着するネージュ。彼女自身の圧倒的な美貌によって、可愛い系からカッコいい系まで幅広く着こなしている。


「似合ってる?」


「はぁー! 眼福っ! 最高です、ネージュさん。このまま、全部試しましょう!」


「薫、それは時間が足りなくなる。着てみるから、服は少なくお願い」


「この際、ゴスロリやセクシー系も来て欲しかったのですが仕方ありません。ネージュさんに一番よく似合うカッコいい系だけに絞りましょう」


 暴走気味の薫は止まらない。次々と着こなすにはハードルの高い服を持ってくる。それをネージュは完璧に着こなすのだ。見ている側が楽しくなるのも仕方のないことだろう。


「ところで、何でこんなに種類があるの? 着られるならそれで良いと思うけど」


「いけません、ネージュさん。そんな考えでは! いいですか、服が相手に与える印象は様々です。ですから、自分をよりよく見せるため、自分の目的に合った綺麗な服を着ること。これが鉄則です!」


「そうすれば、仁も私を見てくれる?」


「——ウッ! ……すみません。急に破壊力の高いセリフが来たもので……。そうです、きっと灰月君もネージュさんのことを見てくれますよ」


 仁にもっと自分を見てほしくて、何度もアピールしてきた。けれど、彼はネージュに彼自身が引いた一線以上、踏み込んでこようとはしない。それは彼の生真面目さが原因。解きほぐすには長い時間が掛かることなど、ネージュも分かっている。


「では、灰月君の好きな服装に心当たりはありませんか?」


「仁の好きな……分からない。でも、彼シャツ? というのを試してダメだったから、露出は少ない方が良いと思う」


「はい? ネージュさん、私の耳おかしくなったみたいで……先ほど、彼シャツと……」


「そうだけど。あ、でも芹奈さんは裸にシャツを着るように言っていたのだけど、恥ずかしかったから下着は着けてたのがいけなかったのかも?」


「あの淫魔サキュバス……凛として美しいネージュさんに余計な入れ知恵を……」


 忌々しそうに口元を歪めながら呟く薫。ネージュがここまで怒った薫を見るのは、工房で初めて話したとき以来だ。


「いいですか。ひとまず、芹奈さんの言ったことは全て無視してください。確かにそれが有効な場面はありますが、日常でやっても効果ありません」


「それなら、どんな時に?」


「……特別な時です。えー、男女が仲をより深める時とでも言いましょうか。……ともかく! 今は早すぎます!」


「——? 分かった」


「なら、この組み合わせを試してきてください」


 試着室の鏡。その前で服を脱ぎ、ネージュの傷一つない白く滑らかな肌が露わになる。実験のためにメスで体を切り裂かれたこともあったし、首に薬を注射されたこともあった。が、幸い傷跡は残っていない。


(もし、傷跡が残っていたら仁はどう思った? ……気色悪がったりはしない、絶対。今と変わらない? それとも、今より私を守ろうとした?)


 今の仁とネージュの関係は、言ってしまえば『助けた少年と助けられた少女』。古今東西の物語でありきたりな主人公とヒロインの関係。

 悪いとは思わない。けれど、その関係はネージュ・エトワールという少女の望むものでは無い。


(どうすればいい。どうすれば、私はあなたの隣に居られる?)


 タグのついた真っ白な服に袖を通す。そして、真っ白な彼女に黒いパンツがアクセントを加えて完成だ。


「どう、薫。似合ってる?」


「良く似合ってると思うぞ、俺は。綺麗でカッコいい」


「——っ。仁」


 試着室のカーテンを開けば、薫の声よりも真っ先に耳に耳に届いた仁の声。それがネージュには堪らなく嬉しくて。


「やはり私の眼に狂いは無かった。最高です……この際、気に入ったものは私が買いましょう」


「そこまでは……気に入ったのはこの一着だけだし、自分で払うから」


「せっかく、この黒いカードの出番が来るかと思ったのですが」


 薫の財布から取り出されたのは光沢をもった黒いカード。流石は異端審問所極東支部支部長の娘、生活のレベルが違う。


「ところでさ、これからどこに行くか予定はあるのか?」


「それならご安心ください、灰月君。とっておきの場所があります。少し遠いですが、美味しいコーヒーが飲めるところなので灰月君も気に入ると思いますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る