七十三話『進捗確認』
「お二人とも遅いですね」
「少しは仲が進展したのかもしれないし、準備に時間がかかることもあるさ。ゆっくり待とうじゃないか」
現在時刻は午前九時。冬らしく澄んだ空の下、新門第三商業区画は子供から大人まで様々な人々が行きかっている。
週末の人ごみの中、待ち合わせ場所として有名な『清明十二天将像』の前に神出薫と御門英士はいた。
薫はベージュのコートにタイトな明るい青のジーンズ。英士は深緑のジャンパーにグレーのルーズなパンツである。普段の二人と比べると、休日らしくカジュアルな服装だ。
「ごめん、二人とも。待たせた」
「いえ、待っていま……もっと別の選択肢は無かったんですか、灰月君」
「仁、僕も薫に同意かな。流石にそれはない」
仁の格好はと言うと、いつもと何も変わらない。相変わらず、あの真っ黒いコートのコーディネートである。機能性は百点満点だが、友達と出かけるのには零点間違いなし。
「いや、今まで上着はずっとこれだけだったから、新しいのを買い忘れてて」
「僕たちも久々の休日になってまで仕事のことを思い出したくはないんだよ」
肩についている『異端審問所』の文字が見えるたびに、二人の頭はこれからの仕事の予定のことで支配される。十五歳で立派に仕事中毒に陥る模範的異端審問官の二人。
得意分野にもよるが、他ではありえないほど給料が良いことを考えても、異端審問所は割とブラックなのだ。
「ほら、灰月君。ネージュさんを見てください。休日というものはこんな風に精一杯のオシャレをするものなんです!」
ネージュはと言うと、白い上着に紺色のスカートと黒のソックスを見事に着こなしている。彼女の纏う雰囲気も相まって、立ち姿はまるで冬の妖精のようだ。
「ところでネージュさん、一度も話さないけど体調が優れなかったり?」
「……手」
「手?」
蚊の鳴くような声で、恥ずかしそうに訴えるネージュ。その視線の先には、ネージュの細く色白な手を掴んで離さない仁の職人らしく厚みのある手があった。
「ごめん! 離すの忘れてた!」
「あ……」
小さくうめくネージュに気付かない仁は、固く握っていた腕を離す。手を温めていた人肌のぬくもりはすぐに冬の寒さの中に溶けて消えた。
「……御門君、少しこちらへ」
「奇遇だね。僕も丁度、呼ぼうと思っていたところさ」
「どうした、二人とも?」
「灰月君とネージュさんはそこで待っていてください」
首を傾げる仁と頬を赤らめたまま微動だにしないネージュを尻目に薫と英士は人ごみに紛れる。正直、脳が目の前で起こった光景の全てを完全に理解したとは言えない、それでも声に出さなければ消化しきれないのだ!
「御門君……アレ、何だと思います?」
「分からない……一体、僕たちは何を見せられているんだ!」
「あの空間、私達が居て良い場所なんでしょうか?」
「そうだよ。どう見たって付き合いたての恋人同士……二人で仲良くデートしてればいいじゃないか! なんで僕らを呼んだんだよ!」
目の前で繰り広げられた、うら若き男女の砂糖漬けされた果物並みに甘ったるいやり取りを見せられてはこうなるのも仕方ない。あの僅かなのやり取りだけで、胃もたれするには十分すぎる。
「まさか、灰月君があんな優しく女子をエスコートする真似が出来るとは……」
「いや、以前から仁は無自覚に殺し文句を吐いていることがあった。恐らく、仁にエスコートしている自覚は無い……全くの自然体であの動きをっ!」
「恐ろしい……まるで女心を惑わせるために生まれたような存在です!」
「けど、その怪物を生み出してしまった責任は薫、君にあると僕は見ている」
「そんな、馬鹿な!」
英士の言葉を否定したくて、必死に思考を巡らせる薫。しかし、それは彼女のしでかしたことの大きさを感じさせるだけだった。
「まさか、以前お薦めした少女漫画?!」
「……そうだと思う」
「あの物語はフィクションですよ!」
「この光景はリアルなんだ!」
もちろん、漫画の影響だけでなく、仁が本来持ち合わせた気質も原因の一つではあるが。
「どうしましょうか。何か理由をつけて退散できれば……」
「無理だ。不自然すぎる……って、薫は仁とネージュがそういう関係になるのはいいのかい? 気になっていたり……」
「何を言ってるんですか。そんな訳ないじゃないですか」
「そうなのかい……?」
「ええ。私にとっての灰月君は友人であり推しです。そしてネージュさんも友人であり推し。推しと推しのカップリングを実際に見られるなんて、私のような人間には幸福です」
理解できない世界にいる薫を見ながら、顔を引きつらせる英士。彼にとっては推しやカップリングなんて言葉は馴染みがない。むしろ、新門屈指のお嬢様の口からそんな言葉が出てくるとは……インパクトが凄い。
「逃げられない、となると……いや、待て。仁とネージュさんはどこまで関係が進んでるんだ?」
「確かに……」
「ここは二人についていくことで関係性を見極めることにしよう」
「そして、お二人の関係が進展するように働きかける」
こうして、新門の片隅で重大なミッションが行われようとしていた!
▲▼▲
「どうでしたか、ネージュさん」
「良い映画だったと思う。特に終盤のカメラワークでヒロインの横顔の印象が際立ってた」
「私は中盤の掛け合いに心惹かれたのですが……」
大型ショッピングモールのフードコートに席を取り、先ほど見た映画の感想を言い合うネージュと薫。その様子を曖昧な表情で眺める男ども。
「なぁ、英士。二人が何言ってるかさっぱり分からないんだけど」
「奇遇だね、僕もだ」
魔術のことには詳しい二人だが、美術のことはド素人も良い所である。撮影技法の話やシーンのモチーフの話をされても、ついていける訳がない。出てくる感想も、ストーリーとアクションシーンが凄かった程度だ。
「二人が語るみたいな演出? の凄さは俺には分からないけど、ストーリーは面白かったし、良く出来てたと思う」
ストーリーと簡単に解説すると、落ちこぼれ魔術師の主人公が街の壊滅を目論む組織の言いなりになるしかないヒロインを助け、街を守るために奮闘する物語である。
予想外の展開の連続で追い詰められる主人公だが、逆転の糸口を見つけてからのカタルシスは素晴らしいと評判。
ヒロインが本音を吐きだすシーンと、それに続く主人公の奥の手によって彼女の呪縛が解かれるシーンが感動的なこともあり、何度でも楽しめる映画と言われている。
「青春バトルアクションらしく、恋愛の描写も沢山あって私は大満足です」
「ヒロイン役の狐人の子も可愛かったし、僕も同意だね」
「御門君はそこ以外に見るところがないんですか?」
と、いつもの会話を装ってアイコンタクトを交わす薫と英士。彼の軟派さに呆れるよりも今はやらねばならないことがある。
「ところでネージュさん、主演の俳優の方、黒い髪に金の瞳がカッコ良かったですね」
「そうね、ちょっと仁に似てたかも」
「もしかすると灰月君も俳優になれたかもしれませんよ」
「二人とも、褒めても何も出ないぞ……それに、主人公の設定、嫌いじゃないけど盛り過ぎじゃないか? 落ちこぼれの魔術師だけど、実は『
「灰月君、創作物の設定に現実感を求めてはダメです」
極東帝国は、主たる『
そして四家は分裂を避けるために血筋の管理を徹底していることで有名だ。スキャンダルとは無縁である。
「分かりませんよ。特に蘆屋家は甘いで有名ですから、本当に隠し子がいるかも」
「でも、僕たちが出会うことは……ここ、新門だったね」
「ええ。もしかすると、今日すれ違った人の中に居るかもしれません」
「ロマンのある話ではあるけど、ある日突然、権力闘争に巻き込まれるかもしれない、って考えると……」
そう、ここは異端審問所の街『新門』。極東帝国政府も簡単には手出しできない巨大な都市である。もしも、やんごとない身分の人間が身を隠すのだとすれば、ここだろう。
混沌としたこの街では、空から美少女が降ってくるし、尊敬している先輩が星慧教の工作員であることもあれば、親友が異端審問官だったりする。それなら、知り合いに貴族の隠し子がいても不思議ではない。
「ネージュさんはどう思いますか?」
「貴族に生まれると自由が無くて苦しそう」
「だな。俺もそういうのはパス」
「僕も綺麗なお姉さんとの運命的な出会いは無さそうだから遠慮するよ」
「「「……はぁ」」」
三人から同時にため息を吐かれた英士は、すぐさま薫とアイコンタクトをとる。これまで何度も戦場を共にしてきたのだ、言葉はいらない。
(なんで薫が積極的に話してるんだ。仁とネージュの中を確認するのを忘れたとは言わせない)
(すみません。つい熱くなってしまって……ですが、二人をくっつけておくとボロを出してくれそうもありません)
(そうだね。ここはオペレーション2で行こう)
それっぽい映画で揺さぶりをかける作戦はあまり効果が無かったらしく、普段通りの二人しか見られなかった。ならば趣向を変えて攻めるしかない。
「ネージュさん、お昼を食べたら二人で服を買いに行きませんか」
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