四十五話『運命にサインを』
「——ッ! またここか」
一日に二度も同じ目覚めを迎えることには仁は苦笑する。起き上がろうとする仁だったが、見慣れた白い腕がそれを阻む。
「仁、ほらすぐに無理しようとしないで。まだあなたには安静が必要でしょう?」
「ネージュ、審問の結果は……」
「大丈夫、もともと覚悟は……していたから。今処刑じゃないだけ良かった、って考えることにしたの」
そう言って微笑むネージュの言葉は少しだけ震えていた。動揺はしているのだろう、それでも彼女は必死に揺れる心を押し殺している。
「ごめん。俺、何もできなくて」
「いいえ。仁は私のためにとっても頑張ってくれた、ありがとう」
面と向かって感謝されることにむず痒さを覚える仁。しかも相手がこんな絶世の美少女だとむず痒さも二倍だ。
「ともかくこれからのことを考えないと。寮が吹き飛んだから、俺たち今は住む場所もないし。学校のこともある」
と、仁があまり考えたくない今後の話をした時、ガラガラと病室の扉が開き、二人の異端審問官と魔王が現れる。
「灰月君は目を覚ましましたか?」
「ああ、おかげさまで。薫と英士もお疲れ」
薫と英士は目覚めた仁を見て安堵したようだった。目を覚ましてすぐに異端審問にかけられ、気絶させられて帰ってきたとなれば心配の一つや二つするのも当然だ。もっとも薫はともかく、英士は
「そうだ、二人とも。ユウとカレン……先輩はどうなった?」
「すまない、仁。ユウは取り逃してしまった。カレンも新門から脱出したらしい。僕がもっとしっかりしていれば」
「ああ、責めたかったわけじゃなくて。ただ、ユウやカレン先輩がここにいるなら、もう一度ちゃんと話がしてみたかっただけだから」
「ですが灰月君。狐火さんはともかく、煤日君はあの状況からとても他の街までたどり着けるとは思えません。彼はもう……」
「アイツは生きてるよ、絶対。怪異なんかに喰われて呆気なく死ぬような奴じゃない。いつかまた会えるといいんだが」
出会い方は最悪の一言だが、仁はユウともう一度出会えたら、友人になれる気がした。だから、力を貸してくれた礼も含めて言いたいことが沢山ある。
「さて、そちらの話は済んだか?
信長は懐から一枚の真っ白で高級そうな紙とペンを取り出す。ペンには金の装飾が施されており、趣味が良いとは言えない。
「異端審問の結果、灰月仁を異端審問官として登用することが決定したわけだ。が、説明せずとも分かる通り、この世界は過酷だ。その最前線で戦う覚悟はあるか? 有るというならサインすることだ」
灰月仁は迷わない。幾ら覚悟を決めても、それを上回る現実は起きる。それは身をもって体験した。それでも、これは、異端審問官は、仁が選んだ夢だから。
仁は今持っているだけの覚悟の全てを込めて、ペンを走らせる。
「仁、その、契約書をもう少しよく読むとかしたらどうだい」
と、英士は最後に署名をしようとした仁を呼び止める。
「でも、俺はこの道しか選びたくないんだ」
異端審問官にならなければ仁に待つのは監視付きの魔道具職人としての生活だ。だが、それで良い訳がない。
異端審問官になって、『星慧教』を追う。ネージュを守るため、そして自分の過去を知るために。
「信長さん、『星慧教』がまだ生き残っているかもしれないってのは本当ですか?」
「そうだ。あの世界のガンはしぶとくもこの極東で蠢いているらしい」
「だったら、やっぱり俺には異端審問官になるしか道はない。もうあんなことを二度と起こさせない、昔の俺みたいな子供を出さないために、今度は俺が戦います」
かつての自分が見た地獄。その先に儚い救いがあるのだとしても、そんな辛さを知っているのは一人で十分、仁だけでいい。
「それに異端審問官になれば、あの人にきっと会える。——助けてくれてありがとう、ってちゃんとお礼を言いたい。十年前に本当は何があったのかも知りたい、元は俺がどこの誰でどんな人生を歩んできたのか、それで今が変わるわけじゃないけど、それでも知りたいんです」
信長はニヤリと笑う。やはり灰月仁という存在は期待を超える働きを見せてくれると確信して。
「灰月仁、一つ良いことを教えよう。ネージュ・エトワールの処刑、使徒ほどの力があればそれを保留にすることも不可能ではない。励むことだ」
「その言葉に嘘はないんですね?」
「無論だ」
仁は目の前の紙に署名する。変わることのない意思をもって、この瞬間から彼は異端審問官となった。
「よかろう。これで契約は完了した。そして貴様は世界の真実を知る手段を、権利を手に入れた訳である」
「じゃあ、早速一つ聞かせてください。織田信長、貴方はあの織田信長なんですか?」
世界の真実、隠された世界の裏側の情報。目の前の存在などその象徴ともいえるだろう。ずっと極東支部が非公開としてきた支部長、その正体。
「いかにも。
仁とネージュにとっては衝撃を受けない方がおかしい事実だが、本当にこの世界にはこの程度の真実は山のようにある。歴史書など権力者に都合の良いように作られた創作物でしかないのだから。
「マジか……」「嘘……」
顔を見合わせる仁とネージュに申し訳なさそうに薫が声をかける。
「灰月君、ネージュさん、落ち着いて聞いてください。今回の件で二人は異端審問所の管理下に置かれます。ですから……とても言いづらいのですが、高校は強制退学という処置をしなければならず……」
「マジか……」「嘘……」
「あ、でも、寮破壊の補填については異端審問所が行いますし、家に関してもすでに手配済みです。そろそろ完成してるはず。見てきてはいかがですか?」
「マジか……」「嘘……」
押し寄せる衝撃情報によって仁とネージュはただ顔を見合わせるしかなかった。
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