三十四話『緞帳を斬り裂いて』

 二人は同時に同じ言葉を口にする。仁がユウの頭を砕く時には銃弾が仁の命を奪う、その逆も同じこと。


「主殿! 今助けます!」


「待て。トウもだ。動くなよ」


 今にも辺りを吹き飛ばしてでもユウを助けようとするトウとミェンを制してユウは仁に語りかける。


「どうしてオレの頭を砕かない。銃口を向けられるまでの間に貴公は……いや、オマエならそれができたはずだ」


「お互い様だろ? お前だって今すぐにでも引き金を引けばいい。なんでそうしないんだ?」


 瞬きすればその間にどちらか、あるいは両者が死んでいてもおかしくない状況のはずなのに、二人の声音は世間話でもするように落ち着いていた。


「灰月、オマエはどうして戦い続ける。もう、『破滅の聖杯』いやネージュにオマエの手は届かないと分かっていてもなぜ?」


 その一言がユウから仁への最後の攻撃で、彼が戦う理由だった。

 そして仁は間を置かず、ユウの言葉に被せるように言葉を返す。


「本当にそうか? 冷静になって考えたんだ。俺はネージュのことを全部知ってるわけじゃない。今までどんなものを見て、どんな人生を過ごしたのかだって少ししか知らないんだ。そんな俺は『破滅の聖杯』としてのネージュのことなんて分からないことだらけだし、見ようともしていなかった。だから気が付いたんだ。俺には分からなくても、煤日ユウ、お前になら分かることがあるんじゃないかって。希望を捨てるにはまだ早すぎるって」


 自分が何でこんなことを敵に語っているのか。——なぜか似ていたからだろうか、灰月仁と煤日ユウが。もしかしたら、何か一つでも違えば今の状況は真逆だったかもしれないと思ったから。


 ユウの脳裏にいつか憧れた『正義の味方』と灰月仁の姿がもう一度重なる。迷い嘆きながらも前に進もうともがき続ける仁の姿が、たまらなく羨ましかった。

 灰月になら託せると、自分の果たせなかった夢を、彼ならきっと果たしてくれるとそう確信したから。


「灰月、オマエはまだネージュを助ける方法が残っているとすればどうする」


 仁がその言葉を信じるかどうかは分からない、いや殺しあっていた敵の言葉を信じる方がどうかしている。まともな考えの持ち主なら聞く耳すら持たない話だが、まともな人間が世界に打ち勝つことなどできない。


「本当か。教えろ、全部」


 目の前に突然現れた希望に仁はすぐに飛びついた。ユウの方が驚きのあまりに少し放心していたほどだ。


「あ、ああ。だが、怪しいとは思わないのか? 敵の言葉だぞ」


「嘘なんてついてないだろ。その眼をみればわかる。すごく真っすぐで、澄んだ眼をしている奴が嘘なんてついてるはずがない」


「どんな決め方だ。そんな眼で嘘をついてるヤツをオレは山ほど見てきた。そんなやり方で人を信用しない方が良い」


「それはお前の見る目が無かっただけだろ」


 カレンに英士に薫と、仁も人のことを正しく見抜けている訳ではないけれど。それでもユウが嘘をついていないことくらいは分かる。

 頭を掴み、銃口を突きつけながら二人は笑う。そして、頭を放し、銃口を下げた。


「トウ、ミェン。戦闘終了だ、戻れ」


 二匹の鬼は青い光となって管の中に吸い込まれ、仁とユウは二人きりで相対する。


「お前も結局、ネージュを助けたいってことでいいんだよな」


「ああ、その認識で構わない」


 仁はユウに向かって一歩を踏み出す。いつもと変わらない一歩だが、この時はやけに大きな一歩のように感じた。


「そうだ、最後にいいか。お前は結局、誰の味方なんだ?」


 なんてことは無さそうに仁が呟いた一言にユウは意識が釘付けになる。かつてネージュがユウに放った問いが頭をよぎった。


「一つだけ教えて。あなたは誰の味方なの? 国それとも正義?」


 言い表せない高揚感があって、ユウは少し口角を上げて答えた、今度こそ答えられた。


「今は……オマエの味方だ、灰月仁」


 二人は同じ方を向いて並び立つ。舞い上がった雪が収まり、前が良く見える。


「で、ユウ。具体的な作戦は?」


「暴走を引き起こすのは頭にある天使の輪エンジェル・ハイロウが原因だ。あの輪が上位存在の意志を受信するアンテナになっているらしい。あの乗っ取りのやり方は契約魔術と召喚魔術の応用に近い。呪符が壊れれば式神が主人マスターとのリンクが切れて消滅するように、天使のエンジェル・ハイロウを破壊すればネージュに流れ込む力を遮断し、暴走を止められるはずだ」


「じゃあ、すぐにでも!」


「いや、ダメだ。完全に覚醒するまでは天使の輪には触れられない」


 ネージュの力が増す度に天使の輪のノイズが晴れ、輝きを増していったことを仁は思い出す。


「つまり、今は準備を整え、完全覚醒した瞬間に天使の輪を破壊する必要がある。加えて完全覚醒されれば魔術は使い物にならない」


「だから俺がやらなくちゃならないってことか」


 魔術では届かない。ならば対抗できるのは、この悲劇をハッピーエンドに変えられるのは異能を持つ異端者、神様の書いたこのシナリオに本来存在しないはずのイレギュラーである灰月仁しかいない。


「あとはネージュがどこを通って街の外を目指すかだが」


「俺に心当たりがある。ネージュなら絶対に学園区画を通るはずだ。この時間なら人はいないはずだし。何より、ネージュにとって一番思い出のある場所だろうから」


「吹雪も学園区画に向かって吹いているようだ、その線が強いな」


 ネージュを助けに向かう二人の背中に身を切るような冷たさの追い風が吹きつける。状況は悪い、それでも微かな希望はまだ残っている。


「それと灰月、武器は持っておいた方が良い。あれは体術だけで戦える相手ではない」


「それなら工房に俺の作った剣槍がある。異端審問官の武器よりもいい一品だぜ」


「ならまずは工房を目指す。そこで更に作戦を考える」


「ああ、行くぞ!」


 二人は微かな希望を目指して闇夜を征く。


 悲劇は確かに在った。だが、エンディングにはまだ早すぎる。

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