二十七話『暗夜激闘』

 突然の轟音と共に闇の中から現れる人影が一つ。


「なんなんだよ……もう、やめてくれ」


 仁が目を開けると、そこには忘れもしない鬼人の少年、煤日ユウが薫たちと仁たちの間に立っていた。薫たちの足元には無数の穴が空いている。


「その姿、学校を襲った手配犯の煤日ユウですね。やはりあなたも『破滅の聖杯』を狙って来ましたか」


 ユウは学校を襲撃した時と同じ、二丁のサブマシンガンと使い魔を収納した管を装備している。正面から異端審問官二人を相手に戦う準備は出来ているようだ。


オマエ達異端審問所に『破滅の聖杯』を奪われるわけにはいかないのでな」


 仁は悩む。逃げたところで被害が拡大するだけ、大勢の誰かを助けるのなら今ここで逃げるべきじゃないのは分かっていた。ネージュを犠牲にするしか方法がないことを頭ではよく理解していた。

 けれど、仁の身体はネージュを抱えて走る。薫たちは拮抗状態、逃げるなら今しかない。


「ですが分かりません。どうしてあなたはこのタイミングまで何も行動を起こさなかったのです? 『破滅の聖杯』を手に入れるだけなら機会などいくらでもあったはずなのにどうして」


「こちらにはこちらの事情がある」


 はぐらかすような回答をするユウの態度から二人はすぐに一つの推論を立てる。


「つまり、あなたの真の目的は『破滅の聖杯』回収することではなく、暴走し現在の状況になるまで異端審問所から守ること、そうですね?」


 ユウは何も答えない。相変わらず感情の読み取れない無機質な瞳のままだ。


「僕たち二人に対して一人で相手をするつもりかい? 異端審問官を見くびりすぎじゃないか」


「それはこちらのセリフだ、異端審問官」


 三人はそれぞれに構える。そして一陣の風が吹くと同時に戦いが始まる。


(装備から考えて、少年は近接型、少女は遠距離支援型のはず。まずは後衛を叩くのが戦闘の基本)


 ユウは薫に狙いを定めトリガーを引く。二十発近い弾丸が薫を捉えるが、風によって軌道を逸らされ当たらない。


(なるほど、対策はしっかりしている。であれば)


 英士に発砲するユウだが弾丸は『騎士王の加護』によって英士自身へのダメージは完全に防がれる。鎧に与えられるダメージも殆どない。


(どちらも銃撃だけでは突破するのに時間がかかりすぎる)


 英士の腕を蹴って斬撃を弾き、飛んできた矢を英士を盾にすることで防ぐ。三人ともが相手を倒すための攻撃力が足りず戦況は拮抗する。


「持久戦では人数の多いこちらが有利です」


「それはどうかな」


 雪に紛れて飛んできた矢を躱しながらユウは二本の金属製の管を取り出す。


「なにをする気か分からないが阻止させてもらうよ、ブーストチャージ!」


 真っ直ぐに突っ込んでくる英士にユウは管を向ける。管から放たれた光が英士と正面からぶつかって彼を吹き飛ばした。


「御門君、大丈夫ですか。まさかあれほどの威力の攻撃を隠していたとは」


「いや、薫。どうやらアレは攻撃じゃない」


 そこにいたのは人と比較すると二倍以上、三メートルを超える身長の鬼女が二体。


「ご主人様~や~っとウチらの出番?」


 そう親しげにユウに話しかけるのはショートカットに八重歯が特徴的な鬼だ。手には体とほとんど変わらないサイズの金棒を携えている。


「そうだが、あまり全力で戦うなよ、トウ。これは前哨戦に過ぎない。全力を出すのはこの後の戦いだ。ミェンも注意して立ち回れ」


「存じております、主殿。妾をトウと同列に考えないでくださいませ」


 ミェンと呼ばれた鬼は後ろで結った髪を揺らし、巨大な鉈を構える。トウも手を地面について突撃の機会を伺う。


「ミェ~ン、さっきウチになんて言ったか後で覚えてろよ~」


「あら、トウ。そんなに気にするとは自覚があったんですの?」


 二体の鬼が言い争っている間に立て直しを図る英士と薫。戦力的には拮抗しているはずだが、三対二と不利な状況。


「御門君、ここは魔術で突破するしかなさそうです。準備をお願いできますか」


「普段よりも魔素消費が激しい今は一撃で魔素の殆どを使い切ることになるけど」


「やるしかありません。それに使い魔があれだけとは考えずらい。使い魔も召喚師も巻き込む形で倒さなければ詰みです」


「でも正面から大技を受けてくれる相手でもなさそうだけど」


「そこは私に任せてください」


 薫は矢をつがえ詠唱する。小さな嵐が矢へと集まり、吹き付ける冷たい風に逆らうように暖かな風が巻き起こる。


「——『科戸風ノ御箭しなとかぜのみや』!」


 放たれた一矢は逆巻く風を伴い、積もった雪を巻き上げながらユウに迫る。矢ではあるが風で加速するソレは人体など簡単に貫通するほどの威力を誇るが。


「「この程度!」」


 トウとミェンの息を合わせた一撃によって空中で粉々になる矢。しかし、矢が纏っていた暴風が吹き荒れ、雪が大きく舞い上げられ、即席の煙幕が完成する。


「今です、御門君!」


「今は遠き栄光、その聖剣は審判を下すもの。かの威光を纏いし我が剣よ、我が仇敵に鉄槌を下さん……っ」


 煙幕の中から英士へと強襲するトウとミェン。防御は間に合ったものの、詠唱は中断させられる。


「御門君!」


「他人の心配よりも自分の心配をすべきだぞ、異端審問官の少女」


 咄嗟に風で弾丸を逸らすことはできたが、横から回り込んでいたユウの拳を食らい、雪の上を転がる薫。


「自身で作った煙幕が裏目に出たな。そしてやはり近づかれると弱いタイプか。風の魔術も補助には有効だが単体では直接的な殺傷力に乏しい」


 口の中に血の味が広がる。後ろに飛んで威力を抑えたとはいえ、鬼人の一撃を受けた両腕はまだビリビリと痺れている。十分に魔術を使える環境ならば目の前の相手に苦戦などしない、そんな負け惜しみに近い考えは遠くに追いやって、神出薫は立つ。


「あなたの言う通り、私の魔術は攻撃力が低い。だから私はいつも誰かの後ろに立って援護するばかり。そんな自分が嫌で必死に強くなろうとしていました。でもうまく行かなくて」


 薫は矢をつがえて放つ。しかし、正面からでは加速させた一矢であっても高い身体能力と戦闘経験の持ち主には簡単に避けられてしまうことは薫が良く知っている。

 吹雪で視界は劣悪、加えて明かり一つない夜にもかかわらず、ユウは矢が放たれるよりも前に軌道を見切り、最小限の動きで薫へと接近する。


「自分がどうすればいいのか、迷っていました。ですがその時、ある人に出会ったんです。その人は自分ができることをガムシャラに頑張っていました。だから私も自分にできることをガムシャラに頑張ろうって決めたんです。その人のためにも私はあなたに負けられませんっ!」


 ユウの拳を薫はそのまま受け止める。力の差は圧倒的だが、全力でぶつかれば一瞬だけ動きを止められる。そしてその一瞬にこれまで避けたはずの矢が風によって軌道を変えてユウの背中へと刺さる。



「ほらほら、そんなんじゃウチらを倒すなんてできないぞ~」


「先ほどまでの威勢はどうしたのかしら」


 完璧なコンビネーションで互いの隙をカバーしながら攻めてくるトウとミェンの攻撃を剣でいなし、盾で弾きながら耐える英士。一撃でも対処を失敗すれば確実に腕を折られる攻撃が絶え間なく続く。


「お嬢さんたち、ここは少し手加減してほしい」


「「それは出来ない相談」」


 息ぴったりの返事と共に大鉈と金棒が振り下ろされ、地面が爆ぜる。雪と土煙を巻き上げて視界が塞がる。


「ここだ、ブーストチャージ!」


 全力の体当たりを受けて大きくよろめく二体。その隙に英士は詠唱を開始する。



「まさか風で矢の軌道をここまで曲げられるとは。銃には無い利点だな」


 ユウの身体に刺さった矢は六本。しかし、左手に刺さっている一本以外は、すぐに体から抜けて地面に落ちる。


(防御魔術で深く刺さらないように防いだということですか。ですが、ここで左手が使えないのは大きい)


 体を捻って右手を回避しながら、手のひらに発生させた風でユウを吹き飛ばす。超至近距離だからこそ可能な爆ぜるような強風は確かに殺傷能力には劣るが、吹き飛ばすということだけは凄まじい適性を持つ。

 そしてユウの飛んでいく先は。


「今は遠きかの栄光、その聖剣は審判を下すもの。かの威光を纏いし我が剣よ、我が仇敵に審判を下さん——『永久に輝く裁定の剣カリバーン』!」


 英士の放つ魔術の真っ白な極光が閃く線上へユウは吹き飛ぶ。


「不味い。戻れ、トウ、ミェン!」


 二体の鬼が青い光になって管の中に戻ると同時に、別の管からバッタの大群を呼び出し、その反動で無理やり跳び上がるユウ。

 極光は行く手を阻む障害を全て飲み込みながら爆発を起こし、辺りが一瞬のオレンジに包まれて、目を開けていられないほどの爆風を最後に消えた。


「取り逃してしまいましたか。御門君、無事ですか」


「僕は大丈夫だけど、盾がボロボロになってるね」


「私も魔素は殆ど残っていません。風を起こすのもあと五回が限界です」


「一度、異端審問所に帰ろう。このまま戦ってもネージュさんには勝てそうもない。それにあの召喚師がいつ襲ってくるかも分からない上に……仁とも戦うかもしれない」


 その事実に顔を歪める二人。戦いたくはない、しかし戦わなくてはならない可能性はゼロではない。その時が訪れても戦えるように準備はしておかなくてはならない。


 夜の闇はまだ底を見せず、より深く新門の街を飲み込んでゆく。

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