十三話『バッドコミュニケーション』
「すみません。灰月君、いますか? 武器の点検に、って」
「確か……神出薫さんと御門英士君、だったかしら」
「あれ、ネージュさん⁉ どうしてこんなところに?」
ネージュの姿に驚いている二人だが、ネージュの方も二人の格好に驚きを隠し切れない。
英士は少し大ぶりな盾に片手剣、薫は身の丈ほどもある大弓を装備した臨戦態勢の姿である。
「オマエらか。丁度いい、これから私らもアイツの所に行くし、一緒に来い」
工房はかなり広い。軽く見積もって学校の校舎三つ分のスペースの巨大な建物である。
歩きながら薫は興味深々と言った眼差しでネージュを見つめる。
「何か気になる?」
「あ、すみませんじっと見つめて。……やっぱり今朝、灰月君と一緒に学校に来ていましたよね」
「道に迷ってしまって。彼が助けてくれなければ初日から遅刻をするところだったの」
「ほら、仁が不純異性交遊に手を染める訳ないじゃないか。いつも通りの人助けだよ」
ネージュはとりあえず仁と用意していたシナリオで、偶然出会ったことをアピールしておく。
が、何やらいまいち話の飲み込めないネージュが首をかしげると、カレンが「つまりはだな」と前置きして、
「オマエと仁がどういう関係なのか聞きたいんだろ」
「……? え、」
「そんな直接的な! もうちょっとゆっくり話すというか、というより私が二人の関係を気にしてるみたいじゃないですか!」
「いや、事実そうだと思うがな」
更に混乱するネージュ。いや、何を聞かれているのかは理解しているが、その内容が斜め上すぎて言葉が出ない。
「それじゃあ、『道に迷った美少女を助けたら、実は噂の転校生で席が隣に!』なんてことが本当にあったというんですか! それはもう……運命なのでは」
だんだんとトーンの下がっていく薫。歩くスピードもゆっくりになっていく。
その時に少し意地悪な口ぶりでカレンが、
「そういえば私が工房に来た時、仁の弁当箱とネージュの弁当箱、よく似てたなぁ。これも運命かぁ」
風の無いはずの工房の中で目を開けていられないほどの暴風が逆巻く。それを操るのは一人の少女。
「——来たれ、風よ」
薫の詠唱で彼女の元に風が集まって、甲高い音が鼓膜を揺らす。彼女の手にあるそれは風の塊とでも言うべき見えない何かだった。
「はい、ストップ! なんで魔術を使おうとして」
「御門君は黙っていてください」
恐怖を感じる微笑みで英士を黙らせると、薫はゆっくりとネージュの方を向き直る。
「どういうことです?」
(どうするべき? いえ、考えるまでもない)
答えはすぐに出た。と言うより相手はクラスメイト、組織の敵ではない。始めからこうしておけばよかったのだ。
「私は仁と同棲してるの」
事実を伝えた。ただ言葉を選べばよかったと後悔した。なぜなら、この空気が完全に凍り付いてしまったのだから。
「そ、そ、そ、そ、そ、そんなことが、あるわけがぁぁぁあああ!」
工房に渦巻いていた暴風が止み、薫がショックのあまりに倒れる。
カレンが黙って目をそらしながら大きなため息を吐いた。
英士は引きつった笑いを浮かべて、
「アレだ、じょ、冗談なんだよ、きっと。いやーおもし」
「いえ、私は本当に仁と暮らしてるの」
「何やってるんだ、仁っ! 君が犬や猫を拾って里親が見つかるまで世話するとかはいつものことだけどさ、ついに美少女の世話をし始めるなんてっ」
「私も家事は少し出来るようになったから、世話されるだけじゃない」
「違う、そこじゃないんだ。ああ、もう。僕は仁の事が分からなくなってきたよ」
場の空気から正直に事実を伝えすぎるのも良くないとネージュは学ぶが、時すでに遅し。色々とひどい状況が出来上がってしまっている。
「まぁ、その悪かったな。私のせいで色々と……」
と、そんな残念な空間に一人の少年、いや特大の爆弾と言うべき人物がやってくる。
「うるさいから、来てみて……どういう状況?」
薫が床に倒れ、英士とカレンからは若干の軽蔑、ネージュからは疑問の眼差しを向けられて心あたりを探す仁。
「仁、僕は君を見損なったぞ。これまで親切で正直者で努力家だと思ってたのにまさかこんなことをッ」
「ちょっと待て、だからどういうことだ。カレン先輩……なんで目を背ける⁈ ネージュ、どういう状況だ、今?」
「ねぇ、私たちは同棲してるのよね?」
仁は頭に鋭い痛みを感じた。完全に理解したわけでは無い、しかし部分的にも理解すれば十分で、胃がキリキリと痛くなってくる。
「いや事実だけど言い方があるでしょうが! なんでよりにもよって誤解を招くような言葉選びを」
「仁、君はこんな美少女と一つ屋根の下に暮らして、あんなことやこんなことをしてたんだろっ!」
「英士は俺を何だと思ってやがる。そんなことなんてしないし、そんな好ましくない考えを抱いたことは一度もない!」
無論、後半の供述は嘘である。仁はネージュのことをそういう目で見たことはかなりある。それでも理性を全力で稼働させて、超えてはならない一線を死守してきたのだ。
「うわぁ、完全に僕は仁を見損なった。こんな状況でも行動の一つ起こさないなんて男としてどうかと思うよ」
「いやいや、なんで俺が説教されてんだ。いや、それより二人とも武器の調整を頼みに来たんだろ」
脱線しすぎているせいで、本人たちの中から消失していた目的だが、そもそも英士と薫の武器を点検するために二人はここにいるはずだ。
「ああ、そうだ。午後からの壁外での訓練で使うんだ。早めに頼むよ」
今までの会話との温度差がかなり大きいが、これもまた彼らにとってはいつものこと。だからこそ、親友とそんな関係だと言えるのかもしれない。
「できる限り早く仕上げるから取りに来いよ」
と、いって鍛冶場に帰っていく仁。一方で、
「それじゃあ、私らはコイツを医務室まで連れて行くとするか」
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