第一章 『星降る夜に』1998年11月24日

一話『幕開けの予感』

 


 向かい来るは無数の土人形ゴーレム。迎え撃つは無数の魔術。『怪異』と呼ばれる人食いの化け物を模した土塊が、魔術師達の一撃に消える。


 まるで戦争でもしているような光景だが、これはいつも通りの『新門第二高等学校』のテスト風景。

 ただ、テストであっても常に危険と隣り合わせ。一歩間違えば大怪我どころか、命を落としかねない。


 魔術吹き荒れる訓練場で舞う魔術師達。そんな彼らを一人の少年が見つめていた。

 黒髪に金眼、ある程度は整った容姿に中背だが引き締まった体つきの少年、『灰月仁はいつきじん』。


 彼の視線の先にいる魔術師達が持つのは武器。対して、仁が握るのは鍛冶のためのハンマー。


 彼がいるのは訓練場の外周、魔術師達が戦う戦場とは薄い結界一枚を隔てた場所である。そこには様々な道具が並べられ、仁と同じ『魔道具職人』見習いの生徒たちが壊れかけた武器の修理に大忙しだ。


(なんで俺はあそこにいられない)


 理由は簡単。仁が魔術を全く使えないからだ。個人によって魔術の得手不得手はあるが、仁のように全く使えないものは極めて珍しい。少なくとも仁は、自分以外に魔術を全く使えない者を知らないほどに。


(いや、集中しろ。今は無駄なことを考えていい時じゃない)


 仁が慣れた手つきでハンマーを振るうと、歪んでいた剣が直ぐに元の形を取り戻す。彼が矢を作れば、それは魔術を伴わずとも分厚い鉄の板も貫けそうなほどに完成されていた。

 仁の作る魔道具は他の生徒と比べて、飛びぬけて出来がいい。見習いどころか、一流の職人でもここまでの加工技術を持つ者は限られるほどに。


 魔道具職人としての仁は天才だ。


 しかし、それは魔術師という表舞台で戦う役者を支える、裏方としての才能に過ぎない。

 基本的に戦闘用の魔道具はあくまでも魔術の制御を補助したり、出力を底上げするための物だ。使用者が魔術を使えないのでは普通の武器と変わらない。

 例え、魔道具職人として天才でも、灰月仁は舞台に上がることはできないのだ。


「灰月君、矢の補充をお願いします」


 そう声を掛けてきた少女は『神出薫かみいで かおる』、仁のクラスメイトの一人である。

 艶めいた漆黒の黒髪に透明感ある黒い瞳。小柄な体型と礼儀正しい言葉遣いが名家のお嬢様を思わせる少女だ。


「これ、丁度今できたところだから」


 結界の向こうに仁が矢筒を投げ渡し、薫がキャッチ。そして、すぐさま身の丈ほどの大弓に番えると、


「シナツヒコに希う。我が一矢に宿りて敵を討ち払い給え——『科戸風ノ御箭しなとかぜのみや』」


 暴風を纏った矢が何体もの怪異を巻き込んで空へと駆け上がる。矢の軌道上には何も残っていない。人間兵器と称されることもある魔術師、その真骨頂だ。


「さすが灰月君の矢です。普通のものとは魔術の乗りが違いますね」


「そりゃ、良かった。ところで英士はどこにいるか知らな……」


 と、その時。青い魔法陣が輝いて、泥を大量に含んだ濁流が訓練場を押し流し、今まで魔術師優勢だった戦場が一変する。


「薫! 大丈夫か!」


「ええ、何とか回避できました」


 結界のおかげで仁は無事。薫も咄嗟に風を操り上へと逃れたようで泥汚れ一つすらない。しかし、訓練場全体で見れば生徒の数が減っている。生き埋めになったのは半数ほどだろうか。


「『四級怪異』レベル……よりにもよって『水触婦ニンフエッテ』の類か」


 先ほどまで試験場に溢れていたのは『五級怪異』、凶暴な野生動物程度の強さで、所詮は数頼みの雑魚に過ぎない。

 が、目の前の怪異は違う。女性的な体つきにエナメル質のテカテカと光るライダースーツを着ているようで、頭の代わりに触手の生えた怪物。水触婦ニンフエッテと呼ばれたソレは、魔術師と同じく魔術を扱う。


「灰月君、今は試験開始からどれくらい経ちましたか?」


「大体、六時間ってところだな。——なるほど」


「はい。恐らくはアレが今回の試験最後の敵なのでしょう」


 そう言いながら薫は矢を放つが、水触婦ニンフエッテに当たる前に、魔法陣から放たれた水弾によって砕け散る。


「飛翔体への自動迎撃とは。見た目は水触婦ニンフエッテですが、土人形ゴーレムらしくかなり強化されている。あれに有効打を与えるには……」


「息苦しいっ!」


 と、近くで地面が爆発し、派手な見た目の少年、『御門英士』が現れる。

 英士は金髪にエメラルドの瞳、筋肉質で中背の仁と比べてもなお大きいがっしりとしたイケメン、そして頭に生える竜の角が特徴的な竜人ドラゴニュートの少年だ。

 その実力は高く、一年生どころかエリート揃いのこの学校でも文句なしの最強。ただし、勇名でもカバーしきれないほど軟派なのが玉にキズだ。友人である仁からも、悪い奴ではないのだが……、と言葉を濁すレベルである。


「御門君、良い所に」


「大丈夫か、英士。ほら、替えの剣。必要だろ」


「これは運がいいね。仁の近くに流されてたとは。ありがとう、もらっていくよ」


 英士は仁から剣を受け取ると、魔術を紡ぐ。


「誉と剣は我が手にありて、盾は此の身を守るためならず、弱きを守るためなれば——『騎士王の祝福グローリー・オブ・ウィガール』!」


 英士の体を覆うように魔術の鎧が形成、青いマントをなびかせる。さらに盾の形をした十二枚の障壁が展開し高速で彼の周りを回転する。英士の滅多に見せない全力の魔術行使。


「御門君、あなたは水触婦ニンフエッテをお願いします。私が周りの怪異を相手するのでその隙に」


「わかった。いつも通りだね」


「俺は見てることしか出来ないけど……二人とも、気を付けて」


 仁は遠ざかる二人の背中を目で追って、途中で見つけた真っ白いコートを着た人物に視線が釘付けになる。


(『異端審問官』ッ……)


 公平さを象徴する白のコートに確固たる意志を表す左肩の黒色の『異端審問所』の印字。

 非人道的な魔術研究の取り締まりや、軍隊では対処できない怪異の討伐を行う超国家機関『異端審問所』。いうなれば、世界の秩序を守る正義の天秤。

 異端審問官になるには、法律や魔術に関する豊富な知識と高い身体能力、そして何よりも卓越した魔術の腕前が必要とされる。魔術師の中でもエリートの中のエリートというに相応しい。


(俺だって異端審問官に、俺を助けてくれたあの人みたいに、なりたいけど……なんで俺は魔術が使えないんだッ!)


 異端審問官がいる理由は英士と薫だろう。二人は強い、つまり未来の異端審問官候補の品定めということだ。だが悲しいかな、彼らが見るのは表舞台で戦う役者魔術師であって、その目に灰月仁という裏方魔道具職人の天才が止まることはない。


(じゃない、英士達は……)


 視線を戻すと、英士が薫の魔術で開けた道を駆け抜けている所だ。次々と放たれる暴風の矢が怪物に挑む騎士の道を切り拓く。

 騎士は放たれる百に迫る水弾の全てをその鎧で受け止め、突き進む。


「ブーストチャージ」


 略式詠唱と共に英士の左手に握られた盾から高密度の魔素エーテルが放出され、瞬時に水触婦ニンフエッテに肉薄。右手の剣が深々と斬撃をお見舞いする。たまらず大きく飛び下がる水触婦ニンフエッテだが、それは悪手だ。


「薫、射線開けて!」


「皆さん、失礼します!」


 訓練場が荒ぶる風で満たされて、英士の構える剣の先にいる生徒を吹き飛ばして退避させる。


「今は遠きかの栄光、その聖剣は審判を下すもの。かの威光を纏いし我が剣よ、我が仇敵に鉄槌を下さん」


 詠唱と共に剣から光が溢れる。湖の水面反射した日の光の如き淡い白。


「——『永久に輝く裁定の剣カリバーン』!」


 最終節の詠唱と共にそれは太陽を思わせるほどに眩しい白い極光へと変じる。

 振り下ろされた一撃は怪異を飲み込むだけでは止まらず、地面をえぐり、大穴を開けた。


「そこまで! これで今回の試験を終了する!」


 眼を焼く極光が収まると同時に試験終了の合図。生徒たちはその場に座り込む。六時間、集中し続けたせいで体力は限界だ。


「何とか乗り越えたな……」


 仁はそう言って、大きく息を吐いた。試験の準備のために徹夜続きだったので、今すぐにでも横になって熟睡してしまいたい。


 が、仁はまだ知らない。彼への本当の試練はこれから始まることを。

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