『灰』の異端審問官 ~空から落ちてきた少女は、世界を滅ぼす人工天使でした~

舞竹シュウ

第一篇 『白き星の少女と灰かぶりの少年』

始章『選びし者』1998年12月8日

一話『燃え滓に業火を』

 灰月仁はいつき じんはゆっくりとまぶたを上げた。


 ぼやけた視界の先に、一人の少女だけが鮮やかに映る。白銀の髪の彼女を彩るのは真っ赤な血。


(動け、助けろ。こんな終わりを認めたくないなら)


 少女が世界を滅ぼす力を持った存在だと知っている。彼女がその力のせいで苦しんできたこと。そして今、目の前で誰かを不幸にするための道具にされようとしていることも。


 それが許せなかった。


(証明しろ。俺は何のために生き残った? 誰に託された?)


 脳裏に黒いコートを纏った人影がよぎる。燃え尽きて灰になった故郷で、仁を助けてくれた顔も知らない異端審問官。

 彼が救ってくれたから、仁は生きている。彼に憧れたから、仁はここに居る。


(今度は俺が誰かを助けるんだ)


 全身に力がこもる。火が付いたように熱い血が巡って、ぼやけた視界に火花が散る。

 魔術も使えない。喧嘩だって慣れていない。出来ることなんて何もないのかもしれない。それでも、仁は黙って見ていることなど出来なかった。


(戦え、戦え、戦え!)


 たった一人の少女のために。


 だからこそ、『異能』は灰月仁を選んだのだろうか。理不尽な運命に抗おうとする彼の力になることを。


 世界が色を取り戻した時、仁は詠う。


「——『獣装ビーストシフト


 鋭く尖る爪と牙。狼を思わせる耳と尾。四肢も筋肉量を増し、しなやかながら鋭角的な印象を抱かせる。それはまさに人狼だった。


 少年は駆ける。たった一人の少女を救うために。


 ——これは受け継がれる業と希望の物語。そして、少年が少女を救う物語だ。


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