第8話 夕暮れの古戦場(その3)

俺は一人で二階を回りながら、アチコチの窓から周囲を見張っていた。

途中でディバッグに入れておいたロープを、柱の一つに結び付けて窓際に束ねておく。


(襲って来るとしたら、やはり深夜0時を過ぎてからだよな)


この世界では深夜の鐘が鳴る時から、この世とあの世を繋ぐ門が開くと言われている。

もっともモンスターや魔族などはそんなのと関係なく活動しているし、死者だってネクロマンサーに召喚されればいつでも動き出すから、アテには出来ないのだが。


「晶斗くん……」


そう呼びかけて来たのは野村美香だ。


「なんだ?」


すると彼女は起き上がって俺のそばに来た。

そんな彼女に注意する。


「さっきも言ったけど、明日も歩き詰めになる。少しでも眠って体力を回復した方がいい」


「眠れないの」


「俺が歩き回っているのが気になるのか? 出来るだけ静かにしてるつもりだけど」


「ううん、そうじゃないの」


彼女は首を左右に振った。


「眠ったら、そのまま目を覚まさないような気がして……寝ている間に化け物に襲われるんじゃないかって」


「俺じゃ頼りないから?」


俺が苦笑いしながらそう言うと、彼女は慌てたように言った。


「違うの、そんなんじゃない。実際、晶斗くんはこの世界に来てから、二度も私たちの事を助けてくれたし。学校に居る時とは別人みたいだって……」


まぁ確かに彼女が知っている俺と、今の俺とでは別人と言ってもいいだろう。

何度も死線をくぐり、時には仲間に裏切られ、そして俺自身も何度も仲間を切り捨てる決断をして来たんだから。


「だから、晶斗くんが近くに居てくれたら……少しは安心できるかもって……」


「しっ!」


俺は彼女の言葉を封じた。

風に乗って、何かが聞こえる気がしたからだ。

彼女が不安顔で俺を見上げる。


「どうしたの?」


俺は沈黙していた。

全神経を耳に集中していたからだ。


「・・・・・・・」


再び風に乗って何かが聞こえて来る。

これは……人の声じゃないか?


「野村さん、みんなを起こしてくれ。それも声を出さないように、静かにだ」


俺の様子に驚いた彼女だったが、すぐに言われた通りにみんなを起こしに行った。


(これが人の声なら、クラスの誰かの可能性が高いんだが……)


もちろんこの世界の人間の可能性もある。

もしかして盗賊や野盗の類かもしれない。

だがこの世界の人間なら、妖魔が跋扈するような深夜に、しかも戦場跡を出歩いているとは考えられない。


(あとは人間の声を真似る事ができる魔物か?)


「……たすけて……」


また人声が聞こえた。

それも今度は何を言っているかハッキリと分かる。

助けを求める女の子の声だ。


「なにがあったんだ?」


まだ眠そうな声で志村が隣に来てそう聞いた。

すぐ後ろには守村もいる。


「人の声が聞こえる。助けを求める声だ」


俺はそう言うと焚火の所に行き、火のついた木材を一つ掴みだした。松明の代わりだ。

窓の所に戻ると声の方向に向かって松明を掲げようとする。


「何をする気だ?」


「ここに俺たちがいる事を教えるんだ。おそらくクラスの誰かが襲われている」


志村と守村の顔が一瞬引き攣る。

だが彼らも仲間を見捨てておけないのだろう。


「わかった。俺たちも火を持ってくる」


その頃には最初の女子の声だけではなく、男女両方の声が聞こえていた。

いずれも叫び声、悲鳴、助けを求める声だが。


「お~い、コッチだぁ! コッチに逃げてこい!」


俺は松明を振りながら、可能な限りの大声でそう叫んだ。


「コッチだ、コッチ! ここに居るぞぉ!」


「僕らはここだぁ! 火が見えるかぁ~」


志村と守村も必死に叫ぶ。

俺はみんなが夢中に叫んでいる内に、そっと窓際に束ねておいたロープを下に垂らした。


俺たちの声に気づいたのか、声は俺たちがいる教会に近づいて来ていた。

その声からクラスの連中である事は間違いなかった。

俺はまず守村と志村に言った。


「俺と一緒に一階に来てくれ。俺は外に出て、逃げて来た連中を向かい入れる。全員が中に入ったら素早く扉を閉めて欲しい」


教会の扉は両側が開く観音開きというタイプだ。

素早い開け閉めに二人は必要だ。

二人が驚きの目で俺を見る。


「一人で外に出ていくのか?」


「ああ、声の様子から彼らが追われている事は間違いない。誰かが外に出て、教会の入口を教えてやらないとならない。追ってくるモンスターもけん制しないとならないしな」


「僕達は中で扉を閉めるだけでいいの?」


「それでいい。もちろん扉を閉めるのは、俺が中に入ってからにして欲しいけどな」


すると野村美香が驚いたような声を出した。


「逃げて来る連中を、この教会の中に入れるの?!」


「そうだ」


「だって……そんな事をしたら、追ってきている化け物も一緒に入って来ちゃうんじゃ」


「だからと言って、逃げて来るみんなを見捨てられないだろ?」


「だけど……危険じゃない?!」


「大丈夫だよ。魔物は出来るだけ入って来れないようにするし、入って来ても数匹程度なら、みんなで力を合わせれば問題なく倒せる」


「でも……」


「野村さんと根本さんはここで松明を振って、逃げて来る連中に場所を伝え続けてくれ」


まだ不満そうな顔をしている野村さんだったが、ここでグズグズはしていられない。

俺は守村と志村に「一階に行こう」と促した。

剣をベルトに挟み、槍を手にする。


「俺は外に出て、逃げて来る連中を誘導する。俺が入って来たらすかさずドアを閉めてくれ」


「わかった」「うん、気を付けて」


志村と守村の言葉を背に、俺は扉を開けて教会の外に出た。


(襲って来るのは何だ? アンデッドか? それとも狼みたいな獣系のモンスターか?)


獣系モンスターの群れだと厄介だ。

ヤツラは夜目が利く上に、動きが鋭い。

だが俺は可能性としてアンデッド系だろうと考えていた。

理由はここが死体が放置されている戦場跡だからだ。

右手に槍を構え、左手に松明を持つ。

助けを求める複数の男女の声が近づいて来る。

俺は「クラスメートが生き残っている安堵感」と「魔物の集団が押し寄せて来る恐怖」がごちゃ混ぜになった複雑な心境だった。


「コッチだ! コッチ! この中に逃げ込むんだ!」


俺は大声で叫ぶと共に松明を振った。

逃げて来たのは全部で八人。

まだ誰かまでは分からない。

俺は扉の脇にある篝火台に松明に差し込んだ。

両手で槍を構える。

先頭を走って来るのは……生徒会長・近藤秀一だ。

彼は学校一の美少女である赤奈アリスの手を引いている。

そのすぐ後ろに居るのは、陽キャリーダー・桐谷潤と美少女ギャルの青木ルナ。

三番目には剣道部部長の鹿島正吾と柔道部の武藤が、真ん中に水野楓を両側から支えるようにして走って来る。

しんがりを務めるのはスポーツ万能女子である弓道部副部長・緑谷翼だ。

背後から迫っているのは……やはり兵士のゾンビだ。


ともかく、俺が「最も重要」と考えていた人物は、これで全員が無事だった事が分かった。

ここまでは……の話だが。


「早く、みんな教会の中に!」


俺は叫んだ。

赤奈アリスが叫ぶ。


「後ろで、翼が!」


確かに、緑谷翼だけが一人遅れている。

彼女は女でありながら、背後から襲い掛かるアンデッドたちを相手に、果敢に食い止めていた。

そのために前の7人と離れてしまったのだ。


アリスの声を聞くなり、俺はダッシュした。

彼女たちとすれ違うなり「扉はまだ閉めないように、守村と志村に言ってくれ!」と頼む。


(こんな所で彼女を失う訳にはいかない!)


俺は強くそう思って槍を握りしめた。

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