第7話 夕暮れの古戦場(その2)

みんなで火を取り囲んで座る。


(この火を見つけて、クラスのみんながここに集まってくれるといいんだが)


火を見つめながらそんな事を考えていると、


「お腹……空いた……」


根本玲子がボソッと呟いた。

今日一日、何も食べていないし、何も飲んでいない。

それそろ限界だろう。

俺はディバッグの中から菓子パンを5個取り出し、500CCの水が入ったペットボトルを三本取り出した。

それをみんなに配る。


「水は二人で一本。志村はその一本で二日分だと思ってくれ」


根本玲子と野村美香に手渡すと、彼女たちは小さな声で「ありがとう」と言った。

志村は不満そうに「水を持ってたんなら、さっさと出せよ。みんな喉が渇いたって言ってたんだから」と不平をこぼす。


「あそこで渡したら、水をガブ飲みして夜まで持たなかっただろ。無駄遣いは出来ないんだよ」


俺の言葉がどこまで伝わったのか、志村は黙って菓子パンと水を受け取った。

俺は守村の隣に戻ると、彼にも菓子パンを渡して食べる。

既に周囲は暗くなっていた。

食べ終わった俺は、窓から四方の様子を伺ってみる。

改めて周囲を見渡して見るが、見える範囲に他の灯りは一つもない。


(この付近に人はいないけど、火を使うような知性のある魔物もいないという事か。ラッキーなのか、どっちかな)


いつの間にか守村が隣に来ていた。


「他のみんなは、今頃どうしてるかな?」


「ゴブリンがいた草原からは、全員が同じ森に逃げ込んだのは見えた。アソコから真っ直ぐ逃げていれば、この近くに出て来るはずだと思うんだけど」


「でも他のみんなも、森の中でモンスターに襲われている可能性はあるんだよね」


その可能性は高い。

と言うか、俺たちしか襲われていないと考える方が不自然だ。


(守村以外に、赤奈アリス、緑谷翼、近藤秀一は絶対に生き残ってて欲しいんだが……)


「僕達は晶斗君が守ってくれたから助かったけど、他のみんなは……」


「大丈夫だろ」


俺は不安を払拭するために強い口調で言った。


「ゴブリンにしろ、ワイバーンにしろ、そこまで強い魔物じゃない。不意打ちでなければ、人間が太刀打ち出来ないほどじゃないんだ。だからみんなで力を合わせれば大丈夫だ」


もっともそれは、みんなが冷静ならば、の話だ。


「でも他のモンスターだっているはずだよね」


「それもあまり心配していない。弱いモンスターが多いって事は、その場所には強いモンスターは少ないはずなんだ。そうでなければ弱いモンスターは喰い尽くされてしまうだろ。他のモンスターの強さも、ゴブリンやワイバーンと似たような物のはずだ」


守村が俺を見たのが分かった。

だが彼は何も言わなかった。

俺が答えない事を察したのだろう。


「晶斗君がそう言うなら、きっと大丈夫だね」


彼はその一言だけを言った。


(守村のこの柔軟性が、必要な資質なんだろうか?)


俺は過去のこの世界での出来事を思い出し、そんな風に思った。

焚火の所に戻ると、女子二人はうつらうつらとしている。

志村もさっきから大きなアクビを繰り返している。


(無理もないよな。いきなりこんな世界に放り出されて。疲れてしまったんだよな)


ただこのままみんなで眠りこける訳にはいかない。


「みんな、起きて聞いてくれ」


俺のその言葉で、三人はハッとしたような顔で起きた。


「みんな眠いだろうけど、全員が一斉に寝る訳にはいかない。二人で二時間ずつ交代で見張りをする。その担当を決めたい」


それにはみんなが黙って頷いた。


「女子二人っていうのは怖いと思う。だから最初は志村と根本さん、次が守村と野村さん」


「晶斗はどうするんだ?」と志村。


「俺は最後に一人でいいよ」


おそらくアンデッドが襲って来るとしたら深夜だ。

その時間帯は俺が見張っているようにしたい。


「この世界の一日も24時間なのかな?」


守村が疑問を口にした。

やっぱり彼は冷静だし、目の付け所が違う。


「大丈夫。この世界も俺たちと同じ24時間だ。俺たちが教室に居たのが午前8時20分。そしてゴブリンの草原に出た時は、まだ朝の感じだった。それからほぼ10時間が昼間だったんだ。一日は24時間と考えて間違いないだろう」


「そうか、そう言えばそうだね」


俺はスマホを取り出した。


「今の時刻は午後6時54分か。じゃあ7時から開始として、みんな自分が起きる時間にアラームをセットしておいてくれ」


野村さんが「質問があるんだけど」と言った。


「なんだ?」


「見張りって言っても、何を見張ればいいの? 敵とか言ってもこの世界じゃどんな生物や魔物がいるか分からないじゃない」


「そういう意味では動く物は全てだ。基本的にこの世界で俺たちに近づく相手は敵と見るしかない」


「……」


「例外は他のクラスメートだけど、こんな夜になって移動していると言う事は、おそらく何かに追われているんだろう。その場合は助けなければならない。だから人の声がしたら、真っ先にみんなを起こしてくれ」


「わかったわ」


こうして俺たちは、異世界に転移してクラスメートにとっては最初の、俺にとっては何十回目の夜を過ごす事になった。



スマホのアラームが鳴った。

即座の俺の意識が覚醒する。

既に俺の精神はこの世界に順応している。


(これだけ繰り返しているんだから当たり前か)


俺が身体を起こすと、窓際に立っていた守村が俺を見た。


「晶斗君、もう起きたんだ」


「だって交代の時間だろ」


「君が一番疲れているはずだから、もう少し寝かせておいてあげようと思ったんだけど」


守村は優しい笑顔でそう言った。

彼のこの優しさには、今までに何度も救われている。


「いや、そういう気遣いは要らないよ。決まりは決まりで守らないと」


反対側の窓から見張っていた野村美香も俺たちの方にやって来る。


「これから二時間、晶斗くんだけで見張りは大丈夫?」


彼女もやはり、普段の教室ので影が薄い俺の印象しかないのだろう。

不安を隠していない。


「俺は大丈夫。こういうのはソロキャンプで慣れているから」


と、お決まりのウソを口にする。

彼女は信じたのか信じてないのか分からないが「そうなんだ」とだけ口にした。


「分かったら二人とも眠ってくれ。明日はまた歩かないとならない。何かあったら起こすから」


そう二人に告げた。

野村美香が俺を見る。

そしてポツリと呟いた。


「私たち、いつ元の世界に帰れるの?」


俺はその問いかけを無視した。

俺が元の世界に戻る時は、死ぬときだからだ。



俺は一人で二階を回りながら、アチコチの窓から周囲を見張っていた。

途中でディバッグに入れておいたロープを、柱の一つに結び付けて窓際に束ねておく。


(襲って来るとしたら、やはり深夜0時を過ぎてからだよな)

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