第6話 夕暮れの古戦場(その1)

丘の頂上を越えて少し進むと、次第に樹々がまばらになって行った。

やがて陽が暮れようとした時、ついに森を抜けて再び開けた場所にでる。

草原に所々に点在する樹々、それに盛り上がったような小さな岩山。


「ここに出るのか」


俺は思わずそんな言葉を呟いた。

守村が怪訝な顔で俺を見る。


「晶斗くん、ここを知っているの?」


俺はその質問には答えなかった。

代わりに別の事を口にする。


「もうすぐ陽が暮れる。その前に今夜の寝る場所を探そう」


「寝る場所ってどこ?」


俺は一つの小さな岩山を指さした。


「アッチに行ってみよう。こんな開けた場所よりは、岩山とかの方がいいだろう。途中で民家でも見つかればなおいいし」


そう言って2キロほど先に見える岩山を指さした。

その岩山は高さにして50メートルあるかないか程度だ。

後ろに続く志村も根本玲子も野村美香も、少々ウンザリした顔をしたが、それでも黙って従ってくれる。

俺は岩山に向かって歩きながら、地面に視線を走らせていた。

なにか役に立つ物が落ちてないか探しているのだ。

だが最初に見つけたのは守村だった。


「なんだろう、これ」


守村が手にしたのはやじりだ。

錆びているため、ちょっと見には何だか分からない。


「それはたぶん鏃だと思う。木の部分は腐って無くなったんじゃないかな」


すると志村も何かを見つけたらしい。


「コッチにも落ちている。これは、折れた剣か何かか?」


彼が手にしていたのは、確かに剣の先端部分だ。


「どうしてこんな物が落ちているんだろう?」


不思議そうな守村に、俺は答えた。


「おそらく、ここで以前に戦争があったんだと思う」


「戦争?」


「ああ、どのくらい前かは分からないけど……この錆具合から見ると、そんなに昔でもないんじゃないかな?」


野村美香が脅えたように言った。


「そんな戦争なんて……ここに居て危なくないの?」


俺はなんて答えるか迷ったが、やはり言う事にした。

どうせあと数時間で分かる事だ。


「野村さんが言う意味では危なくないと思う。昨日今日に戦争があった訳じゃないし」


守村が突っ込んだ。


「それってどういう意味? 別の意味では危ないって事?」


「ここが戦場跡だとすると、そこらに死体が転がっているはずだ。兵士たちの霊だって彷徨っていると思う」


守村の顔色が変わった。


「もしかして……幽霊とかが出るって事?」


「幽霊だけじゃない。死体が動き出す可能性だってあるだろ」


根本玲子と野村美香が息を飲んだ。

志村が「そんな馬鹿な」と漏らす。

それを俺はやんわりと諫めた。


「ここはゴブリンやワイバーンが闊歩する世界なんだよ。幽霊やアンデッドがいたっておかしくはないだろ?」


否定したい気持ちは分かるが、ここはそういう世界なんだと言う事を、認識して貰わねば困る。


「じゃ、じゃあ、どうすれば?」


守村の声も脅えていた。


「だからあの岩山まで行くんだ。あそこで隠れられる場所を探そう。ここは見通しが良すぎる。アンデッドに囲まれたら手の打ちようがない」


するとさっきまで疲労困憊で足を引きずっていた彼女たちが、まるで競歩のように進みだした。

脅した訳じゃないが、いい薬になったようだ。



陽が暮れる前に俺たちは目指す岩山に到着した。

その岩山の中腹くらいの場所に古い教会らしい建物があった。

三階建てくらいの小さな教会だ。


「ちょうど良かった。今夜はここに泊らせてもらおう」


しかし四人は躊躇した。


「ここって教会だよね? こんな所に入って、それこそ祟りとか魔物が居たりしないかな?」


「たぶん大丈夫だと思う。それに外にいるよりはマシだよ。外に居たらそこら中からアンデッドが湧き出て来るだろうから」


それでもまだみんな怪訝な顔をしている。


「外で何十体ものアンデッドを相手にするのと、教会の中で一体の魔物と戦うのと、どっちがいい?」


俺は半分は冗談のつもりで言ったのだが、みんなはそう受け取らなかったようだ。

不安げに顔を見合わせる。

俺は慌てて訂正した。


「冗談だよ。この教会には危険は感じられない。それに壁は石造りみたいだから、モンスターが押し寄せて来ても立てこもれば安全だろう」


「わかった。晶斗くんがそう言うなら」


守村がそう言うと、他の三人も渋々同意した。


「じゃあまずは中を調べよう」


俺はそう言って途中で拾って来た剣を抜いた。

同じように守村と志村も剣を構える。

根本玲子と野村美香が手にしているのは短剣だ。

拾った剣なのでナマクラだが、丸腰よりはいいだろう。


木製だが重く頑丈な扉を押し開ける。

中を見るとやはり教会だったらしい。

正面には祭壇らしきものがある。

ただ俺たちが知っている教会のように礼拝者のイスなどはなく、祭壇以外は何もない。

右端には階段がある。

一通り一階を調べたが、本当に何もない。

俺たちはすぐに二階に上がった。

だがそこも同じようなものだった。

祭壇以外には、古い戸棚が二つ、それにいくつかの木材があるだけだ。

その戸棚もボロボロで既に壊れかけている。中には何もない。

さらに言えば、この教会は屋根も半分は壊れている。

そこから夕暮れの空が見えていた。

おそらく木材は、元は屋根の一部だったのだろう。


「ここは教会としては使われてなかったみたいだね」


祭壇を一回りしながら、守村がそう言った。


「そうだな。きっと戦争の時に偉い人の指揮所になっていたんじゃないかな。それで屋根も取り払われたとか」


「そんな事はどうでもいいよ」


志村がつまらなそうに言って、木材を軽く蹴った。


「屋根に大穴が空いているんじゃ、外と変わらないだろ。一階に戻ろうぜ。少なくとも天井があるんだから」


だが俺はそれに反対した。


「いや、寝るのはここの方がいい」


「なぜだ? 雨が降って来るかもしれないし、ここはけっこう寒いぜ」


「一階は扉が破壊されたらアンデッドがすぐに入って来る。その点、二階はあの狭い階段さえ守り切れば大丈夫だ」


「でもさっきのワイバーンみたいに空を飛ぶモンスターだっているんだろ? 屋根の穴から入って来るんじゃないか?」


「あの屋根の穴からじゃ、すぐには入って来れない。そもそも空を飛ぶモンスターは、最初から閉鎖的な場所には入りたがらないよ。最大の武器である空間の自由度が無くなるからな」


「やけに詳しいんだな、オマエ」


だが今度もその質問は無視する。


「それにここで見張っていれば、他のクラスの連中を見つける事が出来るかもしれない。そのためにも二階の方がいい」


これは俺の本音だ。

クラスの連中はバラバラに逃げたが、全員が草原の左側の森に逃げ込んでいた。

そこから反対側に進めば、おそらくこの戦場跡に出て来るはずだ。


(俺のこの読みは、どこまで当たってくれるか……)


不安はあったが、それを考えても仕方がない。


「でも、ここは寒いよ」


根本玲子が小さい声でそう言った。


「そうだな、火を起こそう。みんな、ここに木材を集めてくれ」


俺は屋根の穴の真下を指さした。煙が室内にこもらないようにするためだ。


「でもどうやって火を起こすの? ここで錐揉み式でもやる?」


守村がそう尋ねたので、俺はディバッグの中から焚火などに使う着火用ライターを取り出した。


「どうしたの、それ?」


目を丸くする守村に笑顔で応える。


「俺は時々ソロキャンプに行くからさ。その時のが入れたままになっていたんだ」


本当は違う。

俺は教室で気が付いてから、すぐに購買で水とパンなどを買い込むと同時に、化学実験室に向かって着火用ライターとマッチをくすねて来たのだ。


床の木材以外にも、既に半壊している戸棚を焚火用に準備する。

木材は乾燥しているため、すぐに火が付いた。

みんなで火を取り囲んで座る。


(この火を見つけて、クラスのみんながここに集まってくれるといいんだが)

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