第5話 森の中(後編)
俺たち6人は倒木が大量にある、開けた場所を進んだ。
本当に一面に倒木が折り重なっている。
そのせいで真っ直ぐに進めない上、倒れた木に足を取られて思うように歩けない。
俺、守村、志村は、一緒にいる女子三人に手を貸しながら先に進んだ。
「しっかし、こうも倒木が多いんじゃ時間ばっかり取られて、中々先に進めないな」
志村がボヤきながら、小島晴美の手を引いて倒木の上に引っ張り上げた。
「本当だよ、なんでアタシたちがこんな所に……キャア!」
彼女は足を滑らせたらしい。
甲高い悲鳴を上げる。
「あんまり大きな声を出さないでくれ」
俺はしかめっ面でそう注意する。
だが彼女はそれが不満だったらしい。
「仕方ないでしょ! こんな所を歩かされているんだから!」
俺は彼女の不満を無視して、空を見上げた。
(空の魔物は目と耳がいいからな)
この倒木地帯に入ってからは、主に空に注意している。
「なにさ、陰キャのクセに……」
小島晴美のそんな小声が耳に入る。
(また「陰キャのクセに」か……)
そう思いつつも、俺はそれを聞き流す。
ともかく一人でも多くのクラスメートを助けなければならない。
そのためにも、早く他の連中と合流したいのだが……。
「でもこの倒木、たまに焼け焦げたような跡があるよね。それもあって滑りやすいんだけど……なにがあったのかな?」
守村が倒木の焼け焦げた部分を指さしてそう言った。
(それに気づいたのか……やっぱり守村は鋭いな)
そしてこの焼け焦げの原因を作った相手が現れたなら……俺たちはここで終わりだ。
そう考えたのがフラグだったのか?
灰色に曇った空に、数個の黒い点が見えた。
黒い点は不規則な動きを繰り返しながら、段々と大きくなってくる。
「マズイ! みんな、隠れろ!」
俺は守村の腕を取り、倒木の影に隠れた。
他の四人もそれぞれ二人ずつが、近くにあった大きな倒木の影に身を潜める。
みんな、俺の指示を聞くようになってくれたのは有難い。
だが倒木は身体全体を隠せるほど大きくはない。
身体を屈めて、相手の注意を引かないようにするだけだ。
「な、なんだ、何があった?」
志村が脅えを含んだ声でそう聞いた。
彼が隣に抱きかかえているのは小島晴美だ。
そこから少し離れた所で、根本玲子と野村美香が身体を寄せ合って震えている。
「空に何かが見えた。それはコッチに向かって来ている」
俺は聞こえるか聞こえないかギリギリくらいの声で答える。
隣の守村が俺を見た。
「何かって何? 空のモンスター?」
俺は黙って頷く。
心の中では「ドラゴンではないように……」と祈りながら。
この倒木地帯を作ったのは、間違いなくドラゴンだろう。
異世界でも最強モンスターの一つ。
倒木の多くに黒い焦げ跡があるのがその証拠だ。
おそらくこれだけ広範囲で倒木があるのは、二匹のドラゴンが争った跡だと思われる。
空から耳障りな甲高い鳴き声が聞こえる。
そしてやけに不安定で上下に揺れ動く不格好な飛び方。
「な、なに、アレ?」
小島晴美が思わずそう声を漏らした。
俺は緊張すると同時に、ホッと胸を撫でおろしてもいた。
コイツはドラゴンではない。
もっと小型で矮小なモンスター、ワイバーンだ。
ワイバーンは全長が2メートル以内、コウモリのような羽と二本の猛禽類のような足を持っている。
頭はドラゴンに似ているが、角は無いし、火も吹かない。
それほど手ごわい相手ではない。
問題は毒を持っている種族がどうかだが、噛まれたらどのみち危険なのだから、今はそこは考えない。
俺は守村に頭を下げさせた。上を見ないようにするためだ。
視力に頼る動物は「二つの目があるかどうか」で相手を認識する。
顔を伏せるか伏せないかで、敵に発見される可能性が各段に減るのだ。
もちろん「襲って来る相手を見ない」という事は、かなりの恐怖感を伴う。
その恐怖心を抑え込むしかない。
だがチラっと横を向いた俺は、自分の失敗を悟った。
少し離れた場所に居た根本玲子と野村美香の二人は、まるで呆けたように空を見上げていたのだ。
ワイバーンの一匹が彼女たちの頭上をかすめるように飛んだ。
「「キャア!」」
二人が悲鳴をあげる。
マズイ、今のはワイバーンが様子を見たのだ。
襲おうとしている相手が、自分たちより弱いかどうか。
おそらく今の威嚇で「相手は弱い」と見たワイバーンは、次に本格的な攻撃に移るだろう。
「守村、この倒木の下に伏せていてくれ! この下ならワイバーンに襲われる事はない!」
俺はそう言って、倒木と地面の間の僅かな隙間を指さした。
「晶斗は?」
「俺は彼女たちを救う!」
俺はそう言うとゴブリンの槍を持って、根本玲子と野村美香の所に走り出した。
思った通り、一匹のワイバーンが彼女たちに向かって急降下を仕掛けて来る。
俺はそのワイバーンに向かって槍を突き出した。
慌ててブレーキをかけるワイバーン。
だがその膨らんだ腹部に槍の穂先が突き刺さった。
「ギャアアアア!」
甲高い叫び声を共にワイバーンが再び空に舞い上がる。
手傷は負わせたが、おそらく浅い。
あれで死ぬ事はないだろう。
だがコチラにも攻撃力がある事は理解したはずだ。
「「あ、あ、あ」」
彼女たち二人は脅えたまま声にならない声を漏らした。
「二人とも、ともかく倒木の下に隠れるんだ。土を掘ってでも伏せて隠れろ!」
二人はコクコクと首を縦に振ったが、すぐには身体が動かないようだ。
それでも無理やり手を動かして、倒木の下を掘り始める。
俺はその間、槍を構えて空を見上げていた。
ワイバーンは四匹。
時折急降下を仕掛けて来ては、その鋭い鉤爪で俺を抉ろうとする。
だがその度に俺は槍を突き出し、ワイバーンを近づけさせない。
そんな攻防を繰り返している時だ。
「キャアッ!」
突如として別の方向から悲鳴が上がった。
志村と小島晴美がいる方からだ。
見ると一匹のワイバーンが小島晴美の左肩と左腕を掴み、そのまま空中に持ち上げようとしている。
その横で志村が彼女の右足を掴み、引き戻そうとしていた。
「小島さん!」
俺はすかさず二人の方に向かおうとした時、背後から別のワイバーンが襲って来た。
とっさに前のめりに回転し、ワイバーンの爪を避ける。
そのワイバーンは俺の頭上を飛び過ぎると、小島晴美の右腕を掴んだ。
二匹のワイバーンの飛翔力に、志村一人の力で耐えられる訳がない。
「あっ!」
志村の小さな悲鳴と共に、小島晴美はあっと言う間に頭上高く連れ去られてしまった。
「助けて!」
彼女の悲鳴が響く。
「クソッ」
俺はゴブリンから奪った石斧を手にした。
だが既に投げて届くような高さではない。
そこに飛んで来た三匹目のワイバーンが、彼女の左足を咥えた。
「ひいいいぃぃぃぃ!」
ビチビチ、バキ、バキ、ビチビチビチ
耳を覆いたくなるような音と共に、小島晴美の身体は三匹のワイバーンによって引き裂かれる。
彼女の身体からバケツをこぼしたように血液が落ちて来る。
その中に彼女の内臓が混じっていたのだろう。
四匹目のワイバーンが素早く空中でソレをキャッチした。
志村が、根本玲子と野村美香が、倒木の下の守村が、その様子を呆然と見ていた。
俺だけが次の襲撃に備えて、槍を構える。
だがワイバーンの次の襲撃はなかった。
小島晴美を喰った事で満足したのか、四匹はそれぞれ来た方向に飛び去って行った。
後に残ったのは、倒木の上にベッタリと付いた大量の血痕だけだ。
時間が凍り付いたような沈黙が流れる。
「なんだよ、なんでなんだよ」
やがて志村が虚ろな調子でそう口にした。
誰もそれに答えない。いや、答えられない。
「なんで晴美が、こんな所で死ななきゃならないんだよ!」
ついに志村が絶叫した。
「大きな声を出すなよ。他のモンスターを集めたいのか?」
俺の冷静な声に、志村はハッとした。
だが彼の中で理不尽さに対する怒りは収まらないのだろう。
「だったら教えてくれよ。なんで俺たちがこんな目に合わなきゃならないのか」
俺はそれに答えず、倒木の下から出ようとしている守村に手を貸した。
「晶斗、オマエ、何か知ってるのか? だったら教えろよ!」
再び志村の声が大きくなる。
「俺だって知ってるって程じゃない。なんで俺たちがこんな目に合っているのかなんて、知るはずがない」
そうして根本玲子と野村美香に近寄り「大丈夫? 歩けるか?」と尋ねる。
彼女たちは恐怖に震えていたが、黙って頷くと二人で支え合うようにして立ち上がった。
それを待ってから、俺は静かに話す。
「いま分かっているのは、ここでグズグズしていると次の魔物に襲われる可能性が高いって事だよ。血の臭いが広がっているからな。すぐにこの場を離れなきゃならない」
俺は槍を杖替わりに着くと、彼らに背を向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます