第3話 最初の試練(後編)

別方向に目をやると、二人の男子が岩の上によじ登っていた。


「ダメだ! 岩から降りろ!」


だが恐怖に囚われた二人は、草叢の中に降りる事は出来なかった。

岩の上が安全だと思っているのだ。

草叢の中からゴブリン四匹が姿を現し、岩の上の二人を見上げた。

奴らが手にしているのは槍だ。


「ひっ!」


ようやく岩の上の不利を理解した二人だが、時は既に遅しだ。

ゴブリンたちが一斉に槍を突き出した。


「ぐふっ」


二人は四方から槍に腹部を貫かれる。

口から血を吐きながら、もがき苦しんでいるのが見える。


俺はその内、二匹のゴブリンに迫った。

石斧で一人は喉を切り裂き、もう一人は脳天に打ち込む。

俺を見て「手ごわい」と感じたのか、残りのゴブリン二匹はその場から素早く逃げた。

岩の上から男子が二人、転げ落ちる。

井上と寺井だ。

だが二人の死を悼んでいるヒマはない。

俺は倒したゴブリンの槍二本を手にして、周囲に視線を走らせた。

全員を助ける事なんて出来ない。

しかし重要人物だけは助ける必要がある。


俺はまず守村学を探した。

クラスの中では、俺と同じオタク趣味で仲がいい男子だ。

だが姿が見えない。


次に探したのは赤奈アリスと緑谷翼。

アリスは学校一の清楚系美少女。

翼はスポーツ万能少女だ。


二人は一緒に居た。

俺は二人の方に駆け寄ろうとしたが、その時に視界に入ったヤツがいた。

ゴブリンに背後から組み着かれ、倒れ込んでしまった守村学の姿だ。

俺は急いで守村の方に方向を変え、槍を手に走った。

倒れた草の中で馬乗りになったゴブリンが、守村の頭に石斧を振り下ろそうとしている。

俺は槍を投げた。

距離は5メートルもない。

槍はゴブリンの胸を貫いた。

ゴブリンは奇怪な悲鳴を上げて倒れる。


俺はその間に守村に駆け寄り、「大丈夫か?」と声を掛けて身体を引き起こした。

守村が涙と泥に汚れた顔で俺を見上げる。


「だ、大丈夫。俺は大丈夫だけど……先生が」


「先生? どこにいる?」


「アッチに」


守村が指さす方向を見ると、河原崎先生がやはり数人のゴブリンに取り囲まれていた。


「ヤバイ、先生が危ない。行けるか?」


俺が守村に尋ねると、辛うじて彼は首を縦にした。

守村を庇いながら先生の方に走る。

先生も必死に手にした出席簿を振り回しながら、ゴブリンを近づけまいとしていた。

だがそんなものが通用する訳がなかった。

ゴブリンが石斧を振るう。

先生の左腕から血が飛んだ。

続いて他のゴブリンの石斧が、今度は右肩にめり込む。


「!!!!」


先生の声にならない悲鳴が上がった。


「先生!」


俺が叫んだ。


「来ないで!」


俺の声に気づいた先生が叫ぶ。

俺が驚いて足を止めると、先生が右手を挙げて指さした。


「北条くん、私の事はいいから。他の生徒と一緒に逃げて!」


その言葉の直後、ゴブリンが先生の足に石斧を喰い込ます。

先生は膝をつくようにして倒れ込んだ。

その後は……ゴブリンたちによるなぶり殺しだ。

棍棒が、石斧が、先生の美しい身体を滅多打ちにしていく。


「河原崎先生……」


隣で守村も呆然と呟いた。


(今回も、先生を助ける事ができなかった……)


いつも先生は最初の襲撃で死ぬ。

だから先生の役割が俺には解らなかった。


(もし先生が重要なキーマンだったら……)


そんな考えが頭を過る。

だがここで立ち尽くしている訳にはいかない。

俺は素早く思考を切り替えると、次の救助対象に目を向けた。

赤奈アリスと緑谷翼。

アリスと翼は、さっき見た位置からほとんど動いていなかった。


「守村、行くぞ!」


俺は呆然としている守村の手を引き、二人の場所へ向かう。

だが彼女たちがいる場所は距離が離れていた。

俺は可能な限り急ぐ。


草叢をかき分けて進むと、突然目の前に二人の少女が現れた。

二人とも抱き合うようにして座り込んでいる。

根本玲子と野村美香だ。

二人は俺を見ると涙に濡れる顔を上げ、震える声を辛うじて絞り出した。


「……た、たすけ、て……」


俺の顔が一瞬、苦悩に歪む。


(クソッ、アリスと翼を守らないとならないのに……)


だが脅える二人を放って置く訳にはいかない。

そうしたらゴブリンの餌食になるだけだ。


「立って。ともかく逃げるんだ。俺が先頭を行くから」


俺は周囲を警戒しながら、根本玲子と野村美香に手を差し出した。


(進みが遅くなるが……俺はこの三人を連れて、アリスと翼の救助に間に合うのか?)


俺は三人を引き連れて赤奈アリスと緑谷翼のいる方に向かう。

その時、槍を持ったゴブリンが二人を狙っているのが見えた。

赤奈アリスと緑谷翼もゴブリンに気づく。

アリスが悲鳴を上げ、翼がアリスを庇うように抱きかかえた。


(くそっ、間に合わない!)


俺は腰に刺していた石斧を引き抜いた。

手首のスナップを利かせて、思いっきりゴブリンの背中に向かって投げつける。

石斧は見事にゴブリンの後頭部に命中した。

こう見えても俺は、異世界転移をする前から斧投げゲームは得意だったのだ。

テレビで紹介されている斧投げバーにも通っていた。

異世界転移の最初の頃は、この斧投げスキルのお陰で助かったようなものだ。


ゴブリンは赤奈アリスと緑川翼の目の前で倒れた。

俺は緑川翼に向かって叫んだ。


「緑川さん、その槍を取れ! ゴブリンを近づけるな! 君なら出来る!」


そう彼女はスポーツ万能な上、状況を冷静に判断して戦える少女なのだ。

俺は何度も、彼女が勇敢に戦う所を見て来た。


俺の言葉を聞いた緑谷翼は、ゴブリンの槍を取ると素早く身構えた。

四方に視線を走らせる。

思った通り、彼女は戦える。

しかし俺たちより先に、他のゴブリンの一団が彼女たちに迫ろうとしていた。


(彼女たちを絶対に死なせる訳にはいかない!)


だが守村以外に、今回は根本玲子と野村美香が一緒になってしまった。

この二人まで守りながら、俺は赤奈アリスと緑谷翼の所にたどり着けるか?


その時、アリスと翼のそばに数人の男子が近づくのが見えた。

その中の一人は、生徒会長・近藤秀一だ。

重要人物があの場に三人集まった訳だ。

だが俺たちと彼女たちの間にはゴブリンの集団がいる。

この状況で俺があそこまでたどり着くのは難しい。

こうなったら仕方がない。

俺は近くにあった岩の上に飛び乗った。


「みんな、森に逃げるんだ! ゴブリンはこの草原を狩場にしている。ここでは彼らの姿が隠れやすい。ゴブリンに有利だ。森まで逃げれば、姿が丸見えになるゴブリンはそう簡単には襲ってこない!」


何人かのクラスメートの目が、俺の方を向いた。

俺は再び槍で森の方を指し示した。


「森に逃げるんだ! 単独にはならずにグループで!」


俺に気づいたゴブリンが岩の下に駆け寄って来た。

石斧を持って飛び掛かって来る。

俺は冷静に手にした槍を突き出す。

槍はゴブリンの開いた口を正確に貫き、後頭部に突き出た。

動かなくなったゴブリンを、俺は槍を振り払うようにして草叢に投げ捨てる。

その様子を見ていたゴブリンは俺に恐れをなし、クラスメートたちは驚愕の眼差しを向ける。

俺は岩から飛び降りると、守村たち三人に言った。


「森まで逃げる。俺が敵を見つけるから、三人とも俺の後に着いて来てくれ」


そう告げると俺は今度は草叢に身を隠すようにして、森に向かって進み始めた。

守村と根本玲子・野村美香が後に続く。

俺は心の中で祈った。


(頼むぞ、近藤。アリスと翼を守ってくれ)

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