第2話 最初の試練(前編)

寒々とした灰色の空の下。

人の背丈ほどもある牙のように尖った灰白色の岩が、アチコチに点在している。

胸近くまである草原が一面に広がっていた。

その草が風に吹かれて波打っていた。

左右には暗い森が見える。

ここは小高い山と山の間に挟まれた、窪地のような草原だ。


「な、なんだよ、ここ」


そう言ったのはヤンキーグループの一人、栗山だ。


「アタシたち、教室に居た……はずだよね?」


続いて言葉を発したのは女子の小島さんだ。

みんなが不安そうに周囲を見渡している。


「みんな、大丈夫? 全員、揃っている?」


草叢の一角から河原崎先生の声が聞こえた。


「はい」「大丈夫です」「います」「私も」「ここです」


アチコチから返事が返る。

そして俺は、今の時点でクラスの全員がこの場に存在している事は分かっていた。


「でも、なんですか。ココ? なんでこんな所に?」


誰かのその問いかけをキッカケに、みんなが口々に疑問や不安を口にし出した。


「夢……じゃないよな?」

「教室から、なんでいきなりこんな所に?」

「地震があったまでは覚えているんだけど」

「もしかしてコレ、何かのドッキリ?」


だがここではそんな疑問に意味はない。

そして時間もない。


「みんな、周囲に注意するんだ! それから棒でも石でも何でもいい。拾って武器にしてくれ!」


俺は大声でそう警告した。

しかしほとんどの連中は、怪訝な顔をして俺を見るだけだ。


(ここで何を言っても仕方がないんだが……)


俺は歯噛みした。

悔しいが今の段階では、俺の言う事をみんなが聞き入れる事はない。

それは十分に解っている事だが、それでも俺は毎回、言わずにはいられなかった。

少しでもクラスの生存率を高めるためには……


「晶斗のヤツ、何を言ってるんだ?」


「確かに突然、こんな所に放り出されて、疑問に感じるのは分かるけど」


そんな中、福市のヤツが吐き捨てるように言った。


「なに陰キャが偉そうに仕切ろうとしてるんだ? バカじゃねぇの」


同じく陽キャグループの志村が言った。


「でも訳が分からん状況ってのは確かだろう。と言ってもこんな草原で、棒や石なんて見つかるかな」


さらに福市が不満そうに言う。


「別にアイツの言う事なんて聞く必要はねーって。アイツ、今日はおかしいんだよ。なんか調子こいててさ」


俺はそれ以上の警告はしなかった。

地面を探し回り、手頃な大きさの石を探す。

拳大の石を見つけ、それを二重に重ねた靴下の中に入れた。

開いた口の側を縛り、即席のブラックジャックを作る。

いま準備できるのは、このくらいか?

このクラスのリーダーの一人、生徒会長でもある近藤秀一がみんなに呼びかけた。


「みんな、聞いて欲しい。今のこの状況は何が起きるのか解らない。あまり散らばるのは止めよう。その代わり、男子は何人かずつグループになって、この周囲を少し調べてみるのはどうだろう? もちろん見える範囲だけにしてもらうが」


彼はそう言った後、先生の方を振り向き「それでいいですよね、先生」と確認を取った。

河原崎先生も頷いて「そうね、見える範囲を調べるくらいなら」と答えたのが見える。

近藤秀一はクラスメートからの信頼が厚い。

陽キャリーダーである桐谷潤と同じく、このクラスをまとめていける存在だ。

だが、今のこの判断は間違っている。


「ダメだ! みんな塊りすぎるな! 単独になるのはダメだが、一か所に全員が集まるのも危険だ! それから今は散策に出るなんて絶対にダメだ。それよりも周囲を良く見張って、何か異変がないか注意するんだ。警戒しろ!」


俺は再び叫んだ。

ともかく出来る限り多くのクラスメートの命を救う必要がある。

だがやはり俺の言葉が、近藤秀一の言葉より信頼される事はなかった。


「なんだ、晶斗のヤツ、さっきから」

「なんか警戒しろって言ってるみたいだけど」


福市がまたもや俺をバカにしたように口を開いた。


「うっせーんだよ、晶斗。ウザイわ、オマエ。陰キャは陰キャらしく黙ってろ。この状況で出しゃばるとか、中二病すぎだろ」


ヤツがそう言った直後だ。

風に波打つ草原の一部が、それとは違う動きを示した。

その動きを見逃す俺じゃない。

何よりも、今回も同じように背後の山側からその動きはあったからだ。


「身構えろ! アッチから来る!」


俺は先生の背後、森と言うより山がある方を指さした。

ほとんどの生徒が振り返る。


「ギッ!」


甲高い声と共に、草叢の中から何かが飛び出した。

そして集団の中で一番山側にいた生徒・樋口の頭に何かが振り下ろされる。

それは先端を鋭く尖らせた石斧だ。

樋口の脳天に石斧が深々と突き刺さり、彼の顔の右半分が左半分から歪むように崩れた。


「ギギギッ!」


尖った頭、尖った耳、鷲の嘴のような鉤鼻、そして乱杭歯。

背丈は小学6年生くらいだろうか。

襲って来たのはゴブリンだ。


「うわっ!」

「なんだ、コイツラ!」

「ば、バケモノ!」


クラスの連中がそう悲鳴を上げた時。

既に数体のゴブリンが襲い掛かって来ていた。


「うわぁ!」「きゃあっ!」「ひいっ!」「助けて!」


口々にそう叫んで逃げ惑うクラスメート。


「待て! 単独で逃げるな! 三~四人で束になって戦うんだ! ゴブリンはそこまで強いモンスターじゃない!」


俺はそう叫んだが、この状況では何人がそれを聞いているか?


実際、ゴブリンの腕力は人間の大人と同じくらいだ。

ヤツラが恐ろしいのは集団で襲って来る点だ。

冷静に対処すれば、一方的にやられるはずはないのだが……


俺の近くにもゴブリンが現れた。

背が低いゴブリンは、草の海の中から突然現れたように見える。

だがよく注意して見れば、草が不自然な動きをするから、十分に攻撃してくる方向が解るのだ。


草を割ってゴブリンが飛び出す。

だがその方向とタイミングが分かった俺は、手にした即製ブラックジャックを鋭く振った。

ブラックジャックの先端がゴブリンの顔面にめり込む。


「グギャッ!」


ゴブリンが仰向けに倒れた。

ヤツが手にしていたのは、やはり先端が尖った石斧だ。

俺はゴブリンから素早くその石斧を奪った。

石の部分は黒曜石のような感じで先端を鋭く尖らせている。


石斧を小さく振ってゴブリンの喉を掻き切る。

二匹目のゴブリンが現れた。

コイツが持っているのは棍棒だ。

振り下ろされる棍棒を避け。やはり首筋に石斧を振り下ろす。

緑色の身体から鮮血を吹き出したゴブリンは倒れた。

周囲を見渡す。

俺には助けなければならない人間がいる。

ゴブリンに追われる三人の男女が見えた。

一人は福市、女子の方は江川さんか?

二人は絡むように並んで走っていた。

そのすぐ後ろに二匹のゴブリンが迫っている。

今にも追いつかれそうだ。

その時、江川さんが不自然な倒れ方をした。

ゴブリンたちは彼女に襲い掛かる。


「たすけ!」


全ての言葉を発するまでもなく、彼女にはゴブリンたちの石斧が打ち込まれた。

ゴッ、ゴッという何かを砕くような音に、「ゴフッ」という何かが漏れるような音がする。

惨劇は草叢に隠れて見えないのが、せめてもの救いか?

その隙に福市ともう一人は逃げられたようだ。

別方向に目をやると、二人の男子が岩の上によじ登っていた。


「ダメだ! 岩から降りろ!」

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