死に戻り異世界転移、俺はクラス全員の本性を知っている

震電みひろ

第一章、異世界転移試練編

第1話 ごく普通の朝の教室

俺は頬杖をついた状態から目を開けた。

教卓の前には、クラスの中心グループである陽キャの男女。

窓際には制服を着崩している事で、自分のアイデンティティを示そうとしているヤンキーグループ。

目の前に広がるのはもう何十回も見た、いつもの教室の朝の光景だ。


(また、ここか……)


俺はウンザリしながらそう思った。

ついさっきまでの疲労が、まだ重く残っている。

身体に疲れがある訳じゃない。

心・精神に疲労がベッタリと張り付いているのだ。

当然だろう。

さっきまで異世界の化け物と死闘を繰り広げて、そして死んだばかりだ。


背後に誰かが近寄る気配がある。

誰かはもう見るまでもないが。


「晶斗~、眠そうにしてんな。また朝までゲームか? どうせ陰キャはエロサイトでも見てたんだろ」


そう言って偉そうに俺の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと髪をかき回すようにしたヤツがいる。

福市明弘。

目が細く鼻が大きいイケメンとは言えない面に、髪型だけを人気モデルの真似をしている。

いわゆる陽キャグループの一人だが、コイツはさほどモテない。

そして自分の存在を目立たせるために、クラスで大人しいヤツを選んでイジって来るのだ。

本当に人に好かれる陽キャなら、こんな姑息な真似はしない。


俺は無言で福市の腕を払いのけた。

福市は俺のその態度に驚いたようだ。

だがその驚きは、すぐに怒りに変わる。


「いってーな。なに歯向かってんだよ、オマエ」


俺はそれには答えずに無言で立ち上がった。

今はコイツに構っているヒマはない。

だが俺たちのやり取りは、クラスの他の連中の注目を集めてしまったようだ。

福市はメンツを潰されたと感じたのだろう。

廊下に向かおうとする俺の肩を、強引に後ろから掴んだ。


「テメー、シカトしてんなよ。晶斗のクセに生意気な!」


だが逆に俺は福市の手を掴んだ。

そして静かに睨みつける。

福市は俺のその目を見て、息を飲んだ。


コイツから見れは、俺は昨日までと変わらない『大人しくてイジリやすい、クラスに1人か2人はいる陰キャ』なのだろう。

だが俺からすれば、これはもう何度も繰り返された事であり、しかも俺は福市の本性を知っている。

救い難いクズだという事も。


時間にして2~3秒か?

俺は硬直していた福市の腕を放し、再び歩き始めた。

背後で福市の吐き捨てる声が聞こえた。


「陰キャの分際で、粋がりやがって」


俺はそんな言葉は聞き流す。

そう、せっかくこの朝に戻ったのだ。

時間を無駄にする訳にはいかない。

俺にはやらねばならない事が多過ぎる。



教室を出た所で、赤奈アリスと緑谷翼にバッタリと出会った。

赤奈アリスは学校一の清楚系美少女だ。

少し茶色がかった髪の毛は地毛で、なんでもクォーターらしい。

スタイルも完璧で体育の時間などは、全男子の視線を一身に集めている。

そして何よりも彼女のいい所は、その優しく素直な性格だ。

クラス中どころか学校中の人気者でもあるのに、決してそれを鼻にかける事なく、誰にでも分け隔てなく接している。


「あら、晶斗くん。どこに行くの? もうすぐ授業が始まっちゃうよ」


彼女はその美しさと愛らしさを同居させたルックスから、花のような笑顔と共にそう言った。

彼女は俺のように日頃から目立たないヤツにも、こうして気にかけて話しかけてくれる。

だが……申し訳ないが、今はそんな彼女の優しさも俺には邪魔だ。


「ちょっと購買まで……忘れ物があって」


俺がそう言って立ち去ろうとすると、今度は緑谷翼が話しかけて来た。


「どうしたんだ? もしかして、教室で嫌な事でもあったのか?」


彼女は髪型をショートボブにしたスポーツ万能美少女だ。

弓道部に所属しているが、その俊足から陸上部に何度も誘われていると言う。

また男勝りな性格で、曲がった事が大嫌い、いや許せないタチらしい。

だから福市のようにやり返さない相手しかイジらない奴を、かなり毛嫌いしている。

今も「俺が朝から福市にイジラれている事」を懸念したのだろう。


「いや、本当にそんなんじゃない。それより赤奈さんと緑谷さんこそどうしたの?」


俺は話を反らすため、逆にそう聞いた。

ここで正義感の強い緑谷翼に、色々と問い詰められては時間の浪費だ。


「私たち、黒板消しが汚れていたから、それを掃除に行っていたんだ」


赤奈アルスが明るい表情で黒板消しを両手に持って広げて見せた。


「アタシはその付き添い。アリスのボディガードみたいなもん?」


緑谷翼はそう付け加えた。

赤奈アリス一人だと、すぐに他のクラスの男子に声を掛けられてしまうからだろう。


「そうなんだ、いつもありがとう。それじゃ」


俺はそれだけ言うと、そそくさと二人から離れた。

赤奈アリスはまだ何か言いたそうだったが、今はそれどころではない。



十五分後、俺は必要なものを可能な限り集めた。

朝の学活が始まる直前に教室に戻る。

クラス担任の河原崎先生が教室に入るのとほぼ同時だ。


河原崎愛。年齢は26歳。担当教科は英語だ。

長い黒髪をアップにして纏めている、目鼻立ちのハッキリとした美人だ。

スタイルは、グラビアモデルになれるんじゃないかと思うくらい均整が取れている。

若くて美人、そのうえ生徒思いで授業にも熱心な女教師。

当然ながら彼女は、男女問わずに生徒から人気があった。

みんなから「愛ちゃん先生」と呼ばれて親しまれている。


「おはよう、晶斗くん。どこかに行っていたの?」


教室前で鉢合わせになった河原崎先生は、いつものように優しい笑顔でそう話しかけてくれた。

河原崎先生も俺のように「陰キャ」と言われる生徒に対しても、常に注意を配っている。

先生自体もマンガやアニメ、ゲームが大好きで、積極的にそういう話を持ち掛ける事で、大人しい生徒が孤立しないように配慮しているのだ。

その一方でクラスでは中心的な陽キャの連中に対しても、一緒にバレーボールをしたりと公平に交流している。

バスケットボール部の顧問でもあるが、休日にも熱心に指導しているそうだ。


「あ、いえ、ちょっと購買まで」


俺は言葉を濁した。

さっきは赤奈アリス、今度は河原崎先生。

人気の美女二人に朝から話しかけて貰えるのは、きっと幸運な事なのだろう。

これが何もない日常ならば、だが。


「そう? 表情が暗いけど、何かあったの?」


「いえ、何もないです」


「何か心配事があったら、遠慮なく先生に相談してね」


先生は優しく俺の背中に手を置き、そう言ってくれた。


「はい、ありがとうございます」


俺はそれだけ言うと、先生から離れた。

これから起きる事を考えると、とてもじゃないが先生の親切心を笑って受け止める事はできない。

先生は少し怪訝な顔をしたが、いつものように教壇の上に立った。

何人かの男子生徒が先生を憧れと欲情の入り混じった目で、そしてさっき先生に話しかけられた俺を嫉妬の目で見ている。

赤奈アリスに話しかけられたのが廊下だったのは、ある意味で幸運だったのだろう。


河原崎先生が「みなさん、おはようございます」と声を掛けると、クラス全員が「おはようございます」と挨拶を返した。


「はい、みんな、今日も元気ですね」


先生が明るい笑顔でそう言うと、陽キャ男子の一人が「そりゃ、愛ちゃん先生に今日も会えたからだよ!」と茶化した。

すかさず女生徒から「志村、セクハラ~!」と非難の声が飛び、クラスで笑いが起こった。

そんな生徒たちに河原崎先生は「そ、ありがと。じゃあ志村君は今度は先生を喜ばせるために、次の定期テストではいい点を取ってね。英語では80点以上は期待するわ」と笑顔で返す。

志村が「そりゃ無理っす。俺は英語は40点以上は取った事がないんだから」と発言すると、またクラスに笑いと冷やかしの声が上がった。


明るく楽しそうな学校生活の始まり。

だが俺は、もうすぐこの笑い声が阿鼻叫喚に変わる事を知っていた。

その時は刻々と迫ってきている。

もう何度も経験しているのに、緊張のあまり軽いめまいさえ覚えるほどだ。


「それでは出席を取ります」


先生が出席簿を開いた。


「青木さん」


「ハ~イ」


明るい茶髪をイジリながら、陽キャグループの一人、青木ルナが返事をする。

少し緩い感じのギャル系の美少女だ。


「赤奈さん」


「ハイ!」


赤奈アリスの澄んだ声がよく通る。

クラスの何人かが無意識に彼女の方に視線を向ける。

それだけ注目される存在なのだ。

そして俺にとっても、これから注意を払わねばならない一人と言える。


先生は次々に名前を読み上げていく。

出席番号12番、桐谷潤。陽キャ男子のリーダー的存在。

出席番号14番、近藤秀一。このクラスのもう一人のリーダーであり、生徒会長だ。


このクラスは全部で36名。

俺はいつの間にか、額に粘っこい脂汗をかいていた。

身体全体に緊張が走る。

問題の刻は、もうすぐそこだ。

俺の出席番号、31番が呼ばれた時……

俺は無意識に目を閉じていた。


北条晶斗ほうじょうあきとくん」


俺は目を開いた。


「はい……」


そう返事をしながら、既に右手は机脇のディバッグを掴んでいる。

先生が続けて次の生徒の名前を呼ぼうとした時。

教室全体が大きく揺れたような感じがした。

他の生徒もそれに気づく。


「地震?」


誰かがそう呟いた。

だがこれは地震の揺れではない。

空間全体がまるで水中にでもあるかのように、大きく歪み始めたのだ。


「な、なんだ、これ?」


男子生徒が言った。

全員が周囲を見渡すようにする。

河原崎先生も不安げな表情で教室内を見ていた。

数人の生徒が立ち上がる。

揺れと歪みが段々激しくなる。

足元が安定感を無くし、グニュグニャとうねっているように感じる。

嘔吐感が込み上げて来た。


「うっ」


誰かがそれを堪えるような声を漏らす。

先生が「ドアを開けて!」と叫んだ。

だがそれに対応できる生徒はいない。

既に床は粘性のあるゲル状と化し、歩けるような状態ではないのだ。

教室内にあるはずの物体が、形を崩して溶けていくように感じする。

視界の全てがぼやけ、それが渦を巻いていった。

そして次の瞬間……



俺たちは人の背丈ほどのある岩が点在した、殺風景な草原の中に立っていたのだ。

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