呪いの森の意地悪な魔女とツッコミ気質なお姫さま

しょうわぽんこつ

呪いの森の意地悪な魔女とツッコミ気質なお姫さま

 昔々ある王国に、美しいお姫様がいました。

 

 彼女はその見た目とは裏腹に性格が悪く、言動も乱暴で、王様もお妃さまもその行く末を心配してばかりいました。

 本当にろくでもない少女だったのです。


 けれど必死の教育の成果か、お姫様も年齢を重ねるごとに落ち着いた姿を見せ始めます。

 そして16歳となったいま、彼女は美貌と頭脳を兼ね備えた才色兼備の姫として名高く、国王夫妻もこれならばと一安心、幼い頃より仲の良かった隣国の王子様と結婚することが決まったのでした。


 これはそんな結婚を間近に控えた、新月の晩の出来事です。


 結婚の知らせを聞きつけ祝福に訪れた人々の中に、『呪いの森』と呼ばれる不吉な場所に住む、意地悪な魔女も紛れ込んでいました。


「ふん、顔も家柄も良いというだけで気に食わないのに、隣国の若くてカッコいい王子様と結婚だなんて、とてもじゃないが許せない。ちょいと呪いを掛けて脅かしてやろう」


 そんなことを考えているとはつゆ知らず、お姫様は物珍しさからその魔女をお城にある自分の部屋へと招き入れてしまいます。


 きらびやかな部屋の中で、頭から羽織っていた真っ黒なローブを脱いだ魔女は、大きな目玉をギョロギョロとさせました。

 その顔面のあまりの醜さにお姫様はギョッとしましたが、すぐに表情を取り繕い、やさしく微笑みます。


「魔女様のお噂は、かねがね聞き及んでいました。ぜひ一度お話をお伺いしたいと思っていたのです」


「ヒッヒッヒ、森でひっそりと暮らす魔女風情にもったいないお言葉。ずいぶん期待されていたようですが、このような醜い姿で、さぞかしがっかりされたことでしょう」


「いいえ、そんなこと。魔術の研究に邁進された、とても高潔なお姿だと思います」


 きらきらと輝くお姫様の目。

 しかしその瞳の奥にたしかな哀れみが見えるのが、魔女は気に入りません。


「……ヒヒッ、ウソはつかないでいただきたい。あなた様はいまやこの王国一の美貌の持ち主として名高いお方。その上、王子様との結婚まで決まっているのです。輝かしい未来が約束されたお姫様にしてみれば私などそこらに捨てられたゴミ同然、ましてこの醜い顔だ、目に入れるのも汚らわしいはず」


「いいえ、いいえ、そんなこと」


「重ねて言います、ウソはつかないでいただきたい。ウソは、悪いことです。悪いことをすると、その報いは必ずやあなた様に跳ね返ってくる。さて、もう一度だけお伺いします。私の顔はさぞかし醜いでしょう? 目に入れるのも汚らわしいでしょう? ヒヒッ」


 その下品な笑い方にお姫様は一瞬、嫌な気持ちになりましたが、すぐに笑顔を取り繕って答えました。


「いいえ、外見になんの価値がありましょう。見た目を誇るなど愚かなことです。それに魔女様は、とてもステキなお姿をしていらっしゃると思います。その気高い精神が、お顔にまであらわれているようです」


 お姫様はそう言いながらも、自身の顔に違和感を覚えていました。

 なんだか不思議ともぞもぞとするのです。

 

「……っ!?」


 不安に突き動かされたお姫様が自身の顔面に手をやると、皮膚全体がうごめいているのが分かりました。

 それは自身の顔がなにかまったく違う別のものに変わろうとしているかのような、恐ろしい蠢動しゅんどうです。

 魔女は、ぞっとした様子のお姫様を見て、大声で笑い出します。


「ヒィーヒッヒ! ウソをついた、こいつウソをつきやがった! やはり私の顔を醜いと思っていたんだ! わたしのことを知っていたのなら、呪いのことも知っていただろうに、馬鹿なヤツだ。私は魔女、ねたひがみを唯一の心の燃料としてつまらない人生を駆け抜ける、呪いの森の悪い魔女! ウソをつくと私と同じ醜い顔面になる、そういう呪いを掛けてやった! なにが『気高い精神がお顔に表れている』だ。よかったですねえ、あなたもそのお顔になれましたよ! ざまあみやがれだ!」


 あざけりの言葉はしんに迫っていて、お姫様は魔女がウソをついていないことを察しました。


 それでも一縷いちるの望みをかけたお姫様が、慌てて鏡台に駆け寄り鏡をのぞき込むと――ああ、なんということでしょう。

 そこにはあの美しかったお姫様の姿はどこにもなく、魔女と寸分たがわぬ醜い老婆の顔が写っていたのです。


「ヒィーヒッヒ! 私と同じ地獄の苦しみを味わうがいい! ヒィーヒッヒ!」


 呆然と鏡を見ていたお姫様ですが、魔女の嘲笑を聞いて、ショックのあまりシクシクと泣き出してしまいます。


「こんな……こんなひどい顔面では、私は生きていけません。この薄汚い顔は、道端に落ちたゴミなんて、そんな生易しいものではない。誰もが目を背け見なかったフリをする、動物の排泄物そのもの。こんな顔では死んだも同然、私の美しい顔を返してください……! 私の輝かしい人生を返してください……!」


「……ヒィヒッヒ……」


 人生を返せとまで言われて、魔女は悲しくなってしまいました。


 魔女は、お姫様が排泄物と呼んだこの顔で今までずっと暮らしてきたのです。

 それこそ人生を返せと叫びたくなる日だってありましたがグッとこらえ、日の当たらぬ道を黙々と歩き、時には這いずり、呪いの研究だけを生きがいになんとか老婆と呼ばれるこの年齢まで生き延びることができたというのに、このお姫様はなんて酷いことを言うのでしょう。

 

 魔女はしょんぼりと肩を落とします。


 自分でも醜いと思っていたはずなのに、こんな顔でも長年連れ添っただけあって多少は愛着があるらしく、他人に貶されるのは悲しくてやりきれないのです。


 お姫様が悪し様に罵るほど悪い顔じゃない、お風呂上りに明るくライトを照らし鏡をのぞき込んだら、この顔面だってなかなかの物なんだと自分を慰めながら、魔女はとぼとぼと呪いの森に帰っていきました。


 一方困ったのは、取り残されたお姫様。

 しばらく呆然と鏡を眺めていましたが、そのあまりの顔面の醜さに、いつのまにやら気を失うように眠っていました。


 そして迎えたあくる朝。

 まばゆいばかりの日光を浴びハッと跳び起きたお姫様はすぐさま鏡をのぞき込みますが……やはりそこには昨日と変わらず醜い顔。


「ああ、なんてこと……!」


 その悲嘆の声を聞きつけ侍女がやってきました。

 彼女は部屋の扉に鍵が掛かっていることに気付くと、大きな声で呼びかけます。


「姫様、どうかされたのですか?」


「なにもない! 部屋に入らないで!」


 何もないわけが無いと、侍女は持っていた鍵を使い、ガチャリと扉を開け部屋の中へ足を踏み入れます。

 そこで彼女が見たものは、ベッドの上で布団を頭から被り、姿を隠すお姫様の姿。

 

 それは異常な光景でしたが、侍女はやれやれまたか、とため息をつくだけで驚いた様子はありません。


 昔、お姫様のその美しい顔に吹き出物が出来たときも、こんなふうに大騒ぎしていたことを思い出したのです。


「塗り薬を置いておきますね。大丈夫、すぐ治りますよ」


 そういって侍女は部屋を出ていきます。

 布団の中から様子を見ていたお姫様は、扉が閉じると同時にベッドを飛び出し、机の上に置かれた軟膏を掴み取りました。


 そしてそのすべてを一回で使い切らんばかりの勢いで、顔面に塗りたくり始めます。


「治れ、私の顔面……! 戻れ、私の輝かしい未来……!」


 けれどお姫様の必死の祈りもむなしく、その顔に変化はありませんでした。

 吹き出物に対しては優れた効果を発揮するその薬も、魔女の呪い相手に太刀打ちできるはずがなかったのです。


 しばらく鏡の前で緊張していたお姫様も、なんの変化もない顔を見てしょんぼりと肩を落とします。


 そんなとき、ドアの外から再び侍女の声が聞こえてきました。


「王子様がいらっしゃってますよ」


 お姫様は飛び上がらんばかりにギョッとした後、慌てて扉に向けて叫び返します。


「入れないで! 病気だから、会えないって言って!」


「全部聞こえているよ、私のプリンセス」


 扉のすぐ向こうから聞こえてきたのは、愛しの王子様の声でした。

 王子様は侍女と共にお姫様の部屋までやって来ていたのです。


「また吹き出物でも出来たかい? それとも、見るものすべてを殴りつけたくなった? 大丈夫だよ、別になにがあっても気にはしない。私相手に自分を偽る必要なんて無いんだ」


「…………」


 この王子さまは、お姫様が野蛮な子どもだった頃からの知り合いなのですが、誠実を通り越して愚鈍の域にまで達してしまったような人物で、けれどもお姫様は彼のそんなところがたまらなく好きなのです。


 そして、だからこそこんな姿で会うわけにはいきません。

 帰ってもらう方法を考えていると――。


「失礼するよ」


「えっ……」

 

 許可もなくするりと部屋へと入り込んできた王子様。

 目が合い、さすがのお姫様も怒鳴り返します。


「見ないで!」


「これは失礼!」


 目を背ける王子様と、慌ててベッドに飛び込み布団を頭からかぶるお姫様。

 

 見られた、この醜い姿を見られてしまった。

 お姫さまは布団の中で暗闇を見つめながら、もはや死ぬしかないという悲壮な決意を固めます。


 けれどそんなとき、王子さまのつぶやきが聞こえてきました。


「決してレディのパジャマ姿を盗み見ようとしたわけではないのです。結婚を間近に控えた今、あなたに会えるのは、わずかな時間だけ。つい気が逸ってしまいました。本当にもうしわけない」


 お姫様は、わけが分かりません。

 たしかに着替えもろくにしていない、乱れた服装ではありました。

 しかしそんな格好でも、顔面は醜い老婆なのです。

 ばっちり目まであったのに、なぜこんな反応なのでしょうか。

 

 気付かなかった?

 いえ、もしかして……。


 お姫様は絶望的な気分になります。


 話をそらしているだけ。

 実際は、すでに嫌われているのではないかと、お姫様はそう疑ったのです。

 

「ああ、ああ、王子様、私の嘆きをお聞きください。私は呪われてしまったのです。呪いの森の意地悪な魔女の嫉妬によって、こんなにも醜い姿にされてしまいました。王子様も、さぞがっかりされていることでしょう」


「いいえ、そんなことは」


「そんなはずありません」


 お姫様は、薄く笑いました。

 今こそあのアクドイ魔女の気持ちが分かったような気がします。

 心にもない事を言われても嬉しいはずがなく、むしろ腹立たしいだけなのです。


 この醜い顔を見て気にしないはずがない。絶対に馬鹿にしているはずだ。

 そう思ったお姫様は布団をはね除け憤然と立ち上がり、王子様の前に堂々と立ちます。


 そして顔面を突き付けるようにして叫びました。


「この醜い顔を見て! これがあなたの結婚相手です! 別れるのなら今のうち。結婚が嫌になったと、正直におっしゃってください!」


「いいえ、あなたと結婚したいという気持ちは、初めて会った時からずっと変わっておりません」


 顔面を見据えてなお平然と言ってくる王子様に、お姫様は意地悪く笑います。


「ならば王子様、キスができますか? 私のこの醜い顔面にキスができるのでしょうか?」


「……いいのですか?」


 意外な返答に、お姫様のほうがびっくりしてしまいました。


「できるの……?」


「姫様のお望みとあれば」


 そういってお姫様に近寄り、その頬にちゅっとキスをする王子様。

 そして唇に人差し指をそっと当てます。


「唇へのキスは、結婚式までとっておきましょう」


「っ!」


 まさか本当にキスされると思っていなかったお姫様は、言葉を失います。

 しばらく沈黙したあと、彼女は弱々しく問いかけました。


「私の顔が……気にならないのですか……?」


 王子さまは、鷹揚に頷きます。


「元々こんな感じでしたよ」


「元々こんな感じ!? 本気で言ってるの!?」


「ええ、もちろん本気です」


「おまえ私の顔をちゃんと見たことある!? ずっと薄目で見てたんじゃないの!?」


 お姫様は驚きすぎたせいか、子どもの頃の野蛮な言葉遣いが出てきてしまいました。

 しかし王子様は気にした様子がありません。


「薄目ですか、おもしろい冗談ですね。しかし姫はそもそも勘違いしておられるご様子」


「……勘違い?」


「ええ、勘違いです。いいですか、真の男子たるもの女性の顔を気にしたりはしないのです。もちろんまじまじと眺めたりもしません。顔全体の雰囲気。あとは眉と唇の動き。意思の疎通を図るために必要な最小限の部位、それだけを見ています。……そういえば今日の姫様は、眉も唇も形がすこし変わったようですね」


「いや形が変わったっていうか……えぇぇ……?」


 お姫様は複雑な気分になりました。

 あんなに美しかった顔も、今の醜い顔も王子様にとっては大差ないというのは、なんだか変な気持ちです。


 そんなとき、窓の外からコン、という音が聞こえました。


「…………?」


 思わず視線を向けるお姫様。

 けれどこの部屋はお城の高い場所にあるのです。

 

 当然今回も窓ガラスに自身の姿が反射しているのが見えるだけで、誰がいるわけでもありませんでした。


 お姫様は静かにガラスから目をそらし――そしてハッとします。


 反射していた自身の姿が、美しかったことに気付いのです。


 慌てて鏡台に駆け寄ると、そこにはあの魔女の醜い顔――ではなく、お姫様本来の美しい顔が映っていました。


 お姫様は驚きのあまり口をあんぐりとあけたまま、子どもの頃侍女に読んでもらった物語を思い出します。

 キスによって魔女の呪いが解ける、そんな素敵な物語を彼女は思い出したのです。


 ――王子様のキスで元の顔に戻ることが出来たのかもしれない。

 それは嬉しいことだけど……でももし、もう一度キスをするとどうなるのでしょう……?


 お姫様は悩みました。

 二度とあんな醜い顔になりたくなかったからです。


 でも、結婚式で誓いのキスをすることを考えれば、確かめないわけにもいきません。

 覚悟を決めたお姫様は、王子様をまっすぐ見つめます。


「キス! 王子様、私にもう一度キスをしてください! おはようのキスが欲しいのです!」


「まったく、困ったプリンセスだ。でもそこまで言われたら仕方がない」


 お姫様の頬に、再びキスする王子様。

 お姫様は大急ぎで鏡をのぞきこみ――そこに映っているのは醜い魔女の顔。


 心底がっかりしたお姫様でしたが、肝心なのはここからです。

 もう一度キスをして美しい顔に戻れるのなら、対応のしようがあります。

 けれど醜い顔のままなら、もうどうしようもありません。


 王子様と結婚できるかどうか、ここが運命の分かれ道なのです。


「もう一回! もう一回!」


 血走った目でキスを要求しながら近づいてくるお姫様を見ながら、王子様は右手で髪をかきあげます。


「やれやれ、甘えん坊なプリンセス――」


「そういうのはいい、さっさとやれ!」


 胸倉をつかみキスをせがんでくるお姫様を見て、王子様は困ったものだと肩をすくめ、そして頬にちゅっと口づけ。


 お姫様はもう一度鏡を覗きこみ――大喜びしました。

 誰もがうっとりとため息をつく、彼女本来の美しい顔に戻っていたからです。


 魔女の呪いは王子様のキスで解ける――もう一度キスすると呪いが戻るとはいえ、絵本はたしかに真実を伝えていたのでした。


 そして対処方法とそのリスクが分かった今、魔女の呪いも恐れる必要がなくなったのです。


 お姫様は喜色満面で鏡台を離れると、愛しの王子様のもとに駆け寄ります。

 そして興奮を抑えきれないまま叫びました。


「顔が! 私の美しい顔が戻って来ました! 王子様のおかげです! あなたの美醜にこだわらない清らかな愛が、魔女の呪いに打ち勝ったのです!」

 

「顔が……? 戻ってきた……? 姫様の顔は、旅行にでも出かけていたのですか……?」


「なんでこの状況で、そんなすっとぼけたことが言えるの!? いくらなんでも私の顔面に興味が無さすぎない!?」


「興味がない。なるほど、あるいはそうかもしれません。私が好きになったのは、プリンセスのその野性味あふれる素敵な中身。外見などすこしも価値を感じて――」


「だからそんなレベルの話じゃないんだって! さっきから私の顔面が老婆と美女を行ったり来たりしてるんだから、ちょっとは反応しろよっ!」


 腹立たしそうに地団駄を踏むお姫様ですが、やがて動きを止め、はあとため息をつきます。

 王子様の、この人を人とも思わぬ無頓着さが、お姫様を絶望の淵から救い上げてくれたことに気付いたのです。


「まったく、もう……」


 お姫様は呆れたように首を振ったあと、晴れやかに笑い、王子様の胸へと飛び込みます。

 王子様もそんなお姫様をふんわりと抱き留め、そのままくるくると部屋中を回り始めました。

 それはまるで王宮でダンスを踊っているかのような華やかさ。


 いつまでもいつまでも、くるくるくるくると楽しそうに部屋中を舞い踊るのでした。


 そして部屋の外から、そんな幸せそうな2人を見守るひとつの影。

 魔女です。

 一度は森に帰ろうとした彼女ですが、お姫様の悲嘆を思い出し、死を選んでは一大事と慌ててお城へ戻っていたのでした。


「ふんっ、ばかばかしいったらありゃしない」


 本当は、すこし懲らしめるだけだったのです。

 呪いも一生効果が続くようなものではなく、24時間しか効きません。


 お姫様が悲嘆に暮れているときにあらわれて、「お前は顔が良いから上手くいっているだけで、たとえ中身が同じでも見た目が違えばこんなにつらい気持ちになるのさ、今後は己の幸運をかみしめて生きるがいい」とでも説教をして、そうして呪いを解くつもりだったのです。


 けれでも王子様が予想外の豪胆さで、ガマガエルの化身かと思うような外見のお姫様にキスをするので、お城の壁に張り付き様子を見ていた魔女も思わずハワワと両手で目を覆い隠しながら、その一部始終を見守っていたのでした。


 今なお部屋の中で楽しそうにはしゃいでいる2人を、魔女はぼんやりと見つめます。


 あの王子様はちょっとどうかしているが……お姫様のほうも普通とはいいがたいし、割れ鍋にぶた、まったくお似合いじゃないか。

 せいぜい幸せに暮らすが良い。


 そう窓の外でつぶやきながらも、魔女の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちました。

 喜びではありません。

 悲しみでもありません。

 自身の不運を嘆く、そういう涙です。


 お姫様と私と、性格の悪さじゃ大差ないじゃないか。

 なのにあいつには王子様がいて、私には誰もいない。

 あの王子様ならば、私の醜い顔面も、どうしようもない性格だって愛してくれただろうに……。


 違いなんて、運だけだ。


 良い人に出会えるかなんて、運だけだ。

 

「ヒッ……ヒッ……ヒッ……」


 泣き声にも聞こえるようなとぎれとぎれの高笑いを響かせながら、魔女は森へと帰っていきます。


 そんなとき、魔女の足元にさっと小さな影がさしました。


 なかなか帰ってこない魔女を心配して、呪いの森からカラスが飛んできたのです。

 カラスは、黒い羽をバタバタとはばたかせながら、魔女の肩へと舞い降りると、彼女のたるんだ頬にそっと身を寄せます。


 魔女はそんなカラスの黒い瞳をジッと見つめました。


「ふんっ、あいつには王子様、私にはカラス。なんとも物足りないが……でも、ありがとよ」


 そう言ってくちばしを優しくなでると、カラスはバサッと翼を広げ、嬉しそうにカァーと鳴きました。


 魔女はそんなカラスをいかにもつまらなそうに眺めたあと、ふんと鼻息を吹きならしてから歩き出したのですが――その足取りは先ほどより少しだけ軽くなっているのでした。



 それから数日後。

 王城の一角で、お姫様と王子様の結婚式が盛大に行われました。

 しかし、そこに魔女の姿はありません。

 いいえそれだけではなく、これからずっとお姫様のもとに魔女が訪れることはありませんでした。

 お姫様もいつのまにやら、この日の出来事を忘れていきます。


 けれど、そんな彼女の心にもたったひとつだけ残ったことがありました。


 ――王子様とのキスは必ず2回でワンセット。

 

 呪いがとっくの昔に解けたことを知らないお姫様が、王子様とキスをしても醜い顔面にならないように案じた苦肉の策です。


 もし老婆になってもすぐ美女に戻れる、そのための連続キス。

 それを破るとお姫様は烈火のごとく怒りだすのですが、王子様にはその意味が良くわかりません。


 それでもいつまでもいつまでもお姫様がキスを2回おねだりしてくるので王子様も満更でもなく、そのおかげでしょうか、ふたりはいつまでも仲睦まじい理想の夫婦として、すべての国民から愛されたそうです。

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