連木で腹を切る

三鹿ショート

連木で腹を切る

 身体が欲しいと告げられたとき、誰もが肉体的な交流を想像するだろう。

 だが、彼女の言葉は、そのままの意味だった。

 私が首肯を返すと、彼女は口を大きく開けて天を仰いだ。

 何をしているのかと見つめていると、やがてその口の中から、巨大な芋虫のようなものが姿を現したのである。

 その生物が地面に降り立つと同時に、彼女は糸が切れたかのようにその場で倒れた。

 そして、空気が抜けた風船のように、身体が萎んでいった。

 芋虫のような生物は、巨大な口を開け、数え切れないほどに並んだ歯を見せながら気絶してしまいそうなほどの悪臭を放つと、

「私が身体に入っている際に孕めばどうなるものかと期待したが、誕生したのは尋常なる人間だったのだ。それならば、男性として相手を孕ませた場合はどうなるのかと気になるのは、自然だろう。ゆえに、その肉体を欲したのである」

 恐怖によってその場から逃げ出すことができなかったが、それでも私は、彼女のように生命を奪われることは避けたかった。

 ゆえに、震える声で、私は眼前の生物に告げた。

「条件が、あります」

 私に近付こうとしていた生物は動きを止めると、

「条件とは」

 私は倒れた彼女を指差しながら、

「あなたに身体を奪われれば、おそらく私もまた、生命活動を終えることになるのでしょう。その前に、私は女性の肉体というものを味わってみたいのです」

 私の言葉を聞くと、芋虫のような生物は、身体を震わせた。

 おそらく、笑っているのだろう。

「何を言い出すのかと思えば、そのようなことか。良いだろう、私に身体を差し出すということは、その時点で肉体の持ち主の意識は永遠に消えるということだと思えば、一度くらいは良い思いをしたとしても、問題は無いだろう。私が一人の女性の肉体を奪うゆえに、その後は好きに扱うが良い」

 眼前の生物は、周囲に目を向けると、

「誰でも良いのならば、即座に用意することもできるが」

 その言葉に、私は首を左右に振った。

「誰も良いわけではありません。私にも、好みというものがありますから」

「では、言うが良い」

 私は、其処で自身の好みの女性について告げた。

 芋虫のような生物は首肯を返すと、

「では、探すことにしよう」

 そのような言葉を残すと、その場から去って行った。

 姿が見えなくなった頃、私はその場に座り込んだ。


***


 それからくだんの生物は、様々な女性の肉体を奪っては、私の前に姿を現した。

 確かに、私の好みである女性ばかりだったのだが、考えてみれば、あのような生物が内側に潜んでいることを思うと、身体を重ねようなどという思考を抱くことはできなかった。

 同時に、私が満足してしまえば、自分がこの世から去ることになってしまうために、現われた女性を受け入れるわけにはいかなかったのである。

 ゆえに、私は、くだんの生物が現われる度に、少しばかり望みとは異なると注文をつけた。

 私が己の死を避けるための言葉だとも知らずに、くだんの生物は、その場から去っては、数日後に別の女性の肉体を奪って現われるということを繰り返した。

 このようなやり取りを続けていれば、何時の日か、相手が私を諦めてくれるだろうと考え、私は拒否を続けたのだった。


***


 相手は、阿呆ではなかった。

 私が自分の死を回避するために拒否をしているのではないかと問うてきたのである。

 図星をさされたが、認めるわけにはいかない。

 もう少しばかり努力してほしいと頭を下げると、くだんの生物は文句を吐きながらも、その場を後にした。

 そろそろ、私も覚悟を決めなくてはならないだろう。


***


 数日後、別の女性の肉体で姿を見せた生物に対して、私は求めていた相手だと笑みを浮かべて告げた。

 その後、人目につかないようにするために廃墟と化した工場へと移動すると、私は相手に拘束をさせてほしいと求めた。

 当然ながら何故かと問われたために、そのような行為の方法を好むからだと答えると、相手は不承不承といった様子で頷いた。

 私は相手に目隠しをし、猿轡を噛ませ、そして、手錠を嵌めた。

 満足に動くことができなくなった相手に、私は揮発油をかけた。

 その異臭に、くだんの生物は何事かと反応したが、既に遅い。

 私は、揮発油のかかった相手に、火を放った。

 相手は叫び声を発するが、拘束されているために、どうすることもできない。

 そのような相手に向かって、私は用意していた石や煉瓦を投げ続けた。

 やがて火が消え、相手が動くことがなくなったことを確認したところで、私は安堵の息を漏らした。

 肉体の内側に潜んでいるのならば、その肉体ごと始末すれば良いのではないかと考えたのだが、どうやらその通りだったようだ。

 私はその場で、笑い声をあげた。


***


 数年後、私は一人の女性と知り合った。

 私と釣り合うとは考えられないほどの佳人でありながらも、その女性は、私に好意を示してくれた。

 このままその女性と幸福な未来を迎えるのかと思っていたが、それは間違っていた。

 その女性は、迷うことなく、私の腹部に刃物を突き刺していた。

 崩れ落ちる私を見下ろしながら、女性は怒りの籠もった声色で、

「私の親を奪った報いです」

 その言葉の意味を考えようとしたが、激痛に襲われ続けたために、叶うことはなかった。

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