さはれなかったひと

硝水

第1話

 目蓋の線一本で世界が変わる人がいるように、息詰まると刃物を手に取るように。からだを傷つけることで命を繋いでいるひとは確かにいて、類は友を呼ぶんだ、と実感したりする。

「どうして生きるのが当たり前だって、みんな思って過ごせるんだろ」

「さぁ」

 彼女はぱっと見ではいくつついているのかわからない、ピアスに引っかかった髪を強引に解きながら、ほわぁと白い息を吐いた。赤くなった耳とそれにぐさぐさに刺さった金属は絆創膏越しでもしっかりと冷たくて、マフラーにはねる髪が柔らかく手首をくすぐる。

「ちべたい」

「ゆうの手もですけどー」

「耳と鼻真っ赤なの可愛い」

「ゆうもですけどー」

「あは、うちら超可愛いじゃん」

「いまさら?」

 唇を尖らすのをやめてにぱっとわらう彼女の舌にはピアスがみっつくらいついている。ちらっと見えたのはそれだけだった。私達はいつも一緒だけど、それは家の外でだけ。

「そうちゃんはなっちゃんのこと、本当に嫌いだった?」

 三人組をつくってください、ほど残酷な指示はなくて私達はそれで救いようのないくらいぐちゃぐちゃにされてしまったのだった。

「今もきらい」

 口許だけ笑っている。耳に垂れ下がったハートが、隣の髑髏とぶつかってちりんと鳴った。

「ゆうはなっちゃんのことの方が大事に思ってるから」

「そうちゃんの方が大事だよ」

「もっとましな嘘吐いて」

 ふん、とまた唇を尖らせる。三人組は割り切れない。きれいに別れられないで壊れて、何処かに行ってしまった彼女を探している。

「最後の晩餐、何にした?」

 毎年一緒に選んで食べていたのだけど、今年はお互い時間が取れずそれぞれで済ませることにしていた。去年はキャビア食べてイクラだねって言ったり、一昨年はスイーツバイキングでスープばっか飲んで、その前は焼肉屋で、そのまた前は回転寿司だった。五年前のその日は彼女がまだ生きていて、三人で学校帰りにコンビニのフライドチキンを食べた。

「天丼」

「なっちゃん海老天好きだったよね」

「あたしが、キス天食べたかっただけ」

「ふふ」

 彼女はきっとお盆にもこちらに戻っていないので、私達が会いに行くしかないんだよねって話していた。私達が仲良くふたりで生きているのも、仲良くふたりで彼女を尋ねるのもたぶん彼女は嫌がるだろうけど。それでも私達はクリスマスプレゼントは死を贈りあうことにしていて。

「今年はなぁに。そうちゃんに期待してるから、たいした準備せずに来ちゃった」

「なんかすごい薬」

「騙されたんだね」

 お小遣いをはたいてよく知らない人から買ったという赤と白のカプセルは何だか見覚えがあって、ああ、今年はよく知りもしない、あまつさえ私は面識もない赤の他人に阻止されるんだ。そろそろ痺れを切らしているだろうに。や、わかんないけど。

「ひとつしかないの?」

「ひとつで三十人死ねるって言ってた」

「騙されたんだね」

 何の躊躇もなくカプセルをぽーいと口に放り込んだ彼女に口を塞がれる。てろてろ溶けていくそれを舌で転がしながら、生温い彼女にころころ留まった金属を数える。そのうちにじゅわっと酸味がひろがって、やっぱり、ただのビタミン剤じゃん。だいたい半分にわけあってお互いの顰めた顔をみる。

「だーめだこりゃ」

「また来年かぁ」

 にししと笑う彼女の口……あー、内緒にしとこ。

「参考までに、ゆうが何持ってきたか訊いていい?」

「メリークリスマス」

「用意してなかったんだ」

「ケーキ奢ります」

「明日買った方がお得だって」

 それもそうだね、また明日、なんていつも通りの挨拶で別れて。あーあ今年も死ねなかったから仕方ない。何事もなかったように明日って来てしまうんだろうなぁと何度目かの感想を抱く。

 布団に入るとき、もう二度と目覚めなければいいのにとおもう。でも普通に眠って、ふつうに目覚めてしまって朝。またこれの繰り返し。悪戯っぽく笑いながらマフラーをちょこっと持ち上げた彼女の首元には何処の馬の骨とも知れない奴のしるしがのぞいている。

「おはよ、どうだった?」

 どうって。元気に登校しておりますが。

「効果てきめん。口内炎治った」

「あたしはヴァンパイア排除されちゃったので、ゆうのキスマで上書き希望」

「吸血鬼に勝つ自信ないなぁ」

 ほんとうに悔いのないように、しているのに面白いくらい向こうに行けなくて、心の底では行きたくないのかもしれないけど、それを認めてしまったらきっといろいろな均衡が崩れてしまうから。だから私達はわざわざ死に拒まれにいってやっとまた一年、生きていけるのだ。

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さはれなかったひと 硝水 @yata3desu

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