第26話 不穏な気配


「ふぅ、終わった」


 東雲との勝負に勝ち、『幻想世界ファンタジーワールド』から出た俺の口から自然とそんな言葉が漏れる。


「強かったな、東雲。異世界でもあそこまでのやつはあんまりいなかったな」


 少しだけスキルに頼っているところはあったが、それでも洗練された技術と、スキルを完璧に使いこなすその才能には目を見張るものがあった。

 もし東雲がさらに技術を磨いたら、今よりもっと苦戦することになるだろう。


「それにしても、よく5年間でここまで強くなったよなぁ……」


 この世界にダンジョンが現れてからまだ5年だ。

 つまり、なんかしらの流派を習っていない限り剣を握り始めたのは早くても5年前ということだ。

 それでここまで強いんだから、世の中には恐ろしい人がいるもんだ。


「疲れたし、今日はもう一直線に帰るか……」


 本当は買い物をしてから帰ろうと思っていたのだが、今日は精神的に疲れたからそのまま帰るとしよう。


「優真」


 そんなことを考えていると聞き覚えのある、なんならさっきまで一緒にいた人のような声が聞こえてきた。


 だが、俺はその人と名前で呼び合うような仲ではない。

 つまり人違いだろう。うん、きっとそうに違いない。


「やっぱりあなたは強いわね。私の全力をこうも容易く……ってどこに行こうとしてるのかしら?」

「人違いだ」

「私がそんな初歩的なミス犯すわけないでしょう?」

「俺はあなたと名前で呼び合うような仲ではないはずだ」


 俺は今この人のせいで精神的に疲れているのだ。

 これ以上なにかされたらたまったもんじゃない。


「私は最初自己紹介した時に名前で呼んでって言ったはずだけど?」

「それでも、今日初めて会った人と名前で呼び合うのは普通じゃない」

「そうかしら?」

「そうだろ」


 この世には陽キャとかいうコミュ力お化けも存在するが、俺は陽キャではないので今日初めて会った人を名前で呼ぶなんてできやしない。


「まぁそんなことはいいのよ。それより、やっぱりあなた強いわね。全力の私をあそこまで簡単に倒したのはあなたが初めてよ」

「強さには自信があるからな」

「それでもよ。それに、あなたまだ本気を出していないでしょう?」

「さあな」

「ふふふっ、面白いわ」


 一体何が面白いんだか、俺には全く分からないな。

 

「それじゃあ優真、私はそろそろ行かないといけないからまた今度会いましょう」

「機会があればな」

「それじゃあ、また会いましょう」

「あぁまたな」


 そう言って、東雲はこの場から去っていった。

 

「次会ったらまた戦う羽目になるんだろう

なぁ……」


 それでも、できるなら戦わないですんでほしいものである。

 それが架空の世界だったとしても、人を切るというのはいい気分ではないからな。


 そんなことを考えならがら、俺はギルドを出るのだった。




 ———————————————————


「え!?お兄ちゃん東雲さんに会ったの!?」

「あ、あぁそうだけど」

「い〜な〜、私も会いたかった」

「そんなにすごい人なのか?」

「そりゃあもう!日本、もしかしたら世界最短でSランクになった人だよ!」

「え、マジで?」

「そうだよ?知らなかったの?」

「まぁ、最近冒険者になったばっかりだし……」

「それでも『称号』を持ってる人くらいは知っとこうよ」

「称号?」

「お兄ちゃんそれも知らないの?しょうがないなぁ。私が教えてあげるからちゃんと覚えといてね?」

「分かった、ありがとう」

「称号っていうのはね、日本であることだけを使える大会があって、それで優勝したら日本でその事が最も優れているっていう証にもらえるものだよ」

「なるほど…」

「ちなみに東雲さんは『剣聖』。つまり日本で1番すごい剣士なんだよ」

「そ、それはすごいな」

「それに美人で品行方正だし、はぁ〜、お兄ちゃんばっかり有名な人に会いすぎじゃない?」

「ま、まぁ華恋もいつか会えるよ」

「嘘だぁ〜。私冒険者2年以上やってるけど遠くで少し見れたくらいだもん」


 うん、もし華恋の思っている東雲が俺の頭の中のやつだ同一人物だったら、会わせないほうがいいだろう。

 礼儀はあるかもしれないが、おそらく華恋が思っている性格とはかけ離れた性格をしているからな。


「ちなみに、模擬戦とかでその称号持ちに勝っちゃったらどうするんだ?」

「たぶん称号が引き継がれるんじゃないかな?今までそんなことなかったから分かんないけど」

「そ、そうか。ありがとな」


 称号の引き継ぎ……。

 うん、聞かなかったことにしよう。絶対にめんどくさいことになるからな。


「話は変わるけど、最近『札幌ダンジョン』で魔物が大量発生してるんだって」

「理由は分かるのか?」

「ううん、全然。けど、この現象は過去にもアメリカであったんだよね」

「その時は何が起こったんだ?」

「魔物がダンジョンから溢れ出した」

「マジで?」

「うん。その時はまだまだ人類に魔物に対抗する力が足りなくて周辺にすごい被害が出ちゃったんだよね」

「そんなことがあったのか……」

「今回の魔物の増加量は過去のアメリカの件よりも多いらしいし、もしかしたらまた魔物が溢れ出すかもしれないってテレビでも言ってた」


 ダンジョンから魔物が溢れ出す、そんなこと滅多にないらしいし何か理由があるんだろうな。

 魔物が急激に増える……もしかしたら現世にもがあるのかもしれない。

 

「華恋、その魔物の氾濫が起こったのはいつだ?」

「えぇっと……ちょうど四年前の2月29日だったはず」

「やっぱりか……」

「やっぱりって、お兄ちゃん何か知ってるの?」

「あぁ。知ってるも何もその現象は異世界にもあったからな」

「それで、何が起こってるの?」

「地球にもあるんだよ、『幻影日ファントムデイ』が」


 どうやら運命というやつは、よっぽど俺に戦いを強いりたいらしい。

 


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る