第137話 再生された家

 いつの間にか、古びた小さな平屋建ての家の壁はきれいに塗り直され、庭の下草も刈られ鬱蒼としていた庭木もすっきりと剪定されていた。

 庭には小さな物干し台が置かれ、洗濯物が気持ちよさそうにはためていた。

 洗濯物があると、家ってなんか生き生きと見えるんだ、と思った。しばらく前まで、明らかに空き家で朽ちてゆくばかりだと思っていたのに。

 よく見ると、白いテーブルとイスのセットがおいてあった。きれいな白が冬の庭を彩っていた。そこだけ白くぽわっとあたたかな感じがした。あのテーブルでお茶を飲んだりするのだろうか? 

 あ。家の中で影が動いた。カーテンが揺れた。……人の気配っていいな、と思う。


 僕は再生された家の前を通り過ぎた。

 誰が住んでいるのだろう? 祖父母の家を引き継いだ孫とか? 

 玄関から誰かが出て来た。僕と同じくらいの若い女性に見えた。じろじろ見ていると不審者になってしまうので、一瞥しただけでそのまま駅へ向かう。女性は庭掃除をしているらしかった。


 この家が朽ちていきそうなのを見ながら、毎朝駅へ向かっていた。

 だけど、いつの間にか家はこぎれいになり、庭も整えられ、人が住むようになった。

 そのことが僕を明るい気持ちにさせた。

 僕は首に巻いたマフラーを巻き直し、空を見上げた。

 気持ちの良い爽やかな朝だった。

 朝はすでに空いっぱいに満ちていて、輝きに満ちていた。

 白い雲は太陽を透かし、青い空は冬の凛とした空気を湛えて喜んでいるように見えた。

 どこからか鳥の鳴き声がして、お腹が白くて頭と羽根が黒い小さな鳥が飛んで行くのが見えた。鳥は元気よく空の向こうへ飛び去った。


 ふいに、今度の週末、部屋の掃除をしようと思った。

 狭いアパートの一室で、さっきの再生された家にみたいに小さいながらも庭があるわけでもない。だけど、部屋をきれいに掃除して、ベッドカバーもカーテンも洗ったら、すごく気持ちがいいだろう。

 きれいになった部屋で、おいしい紅茶を淹れてゆっくり紅茶を飲もう。

 僕は今からなんだか清々しい気持ちになって、駅に向かう足取りも軽くなった。


 駅に着いて、改札を通り抜ける。ホームに行くと、いつもと同じ顔ぶれが列をなしていた。その一番後ろに並んで、スマホを取り出す。webニュースをチェックしていたら、肩をとんとんと叩かれた。振り返ると、「落としましたよ」とハンカチを差し出された。さっきスマホを取り出したときに、ポケットから落ちたらしい。


「ありがとうございます」お礼を言って受け取り、ポケットにしまう。

「どういたしまして。……今日は暖かいですね」

「ほんとうに。いい日和ですね」

 毎日顔を合わせている名前も知らない、でもなぜだかよく知っている気持ちになっている人と、一言二言会話をする。そうして他愛もない話をしていたら、電車がホームに入って来た。毎日同じ時間の電車に乗って、一日を始める。

 今日はなんだかいい一日になりそうだ。


 電車は僕たちを乗せて、朝のきらめく光の中を緩やかに進んで行った。





  「再生された家」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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