第136話 PTAで

 わたしは娘の通う学校のPTA役員をしている。娘は中学一年生だ。だから、学校のこともまだよく分からない。


「佐々木さん」

 後ろから声をかけられた。

「新堂さん」

 新堂さんは中三の保護者で、PTA活動に熱心な父親だ。

「あの、場所が分からなくて。こっちでいいんですか?」

「いっしょに行きましょう」

 いつ来ても学校は迷路みたいで、PTA会議室の場所がよく分からないでいた。

「慣れましたか?」

「いいえ、ぜんぜん。よく分からなくて」

「そうですよね、まだ五月ですし。娘さんはどうですか?」

「なんか、楽しいみたいですよ」

「よかったですね。楽しいのが一番ですよ。佐々木さんが一生懸命やっていらっしゃるから、娘さんも楽しいんじゃないかな」

「いえ、そんな」

 新堂さんは爽やかに笑う。


 新堂さんを最初見たとき、驚いた。あまりにもかっこよくて。バドミントンをしていると言っていた。息子さんもバドミントン部に入っていて、いっしょにバドミントンをすることもあるらしい。毎日夜走っていると聞いて、納得した。引き締まった肉体。服の下に美しい筋肉があるのがよく分かった。少し白髪の混じった髪はいつも丁寧に整えられていて、どうしてこんなにもかっこいいひとが「父親」なんだろう? と思った。


 わたしの夫は運動が嫌いだ。当然筋肉なんてあるはずがない。年々どんどん太っていっていて、頭髪も薄くなっていって、でもどこの父親もこんなもんだと思っていた。とても自然に。夫婦の会話もほとんどない。娘のことをかろうじて話すくらいだ。夫の笑顔はテレビを見ているときの顔でしか、見たことがない。わたしに向かって笑いかけてくれたことなんて、いったいいつの話だろう? でも、そんなもんだと思っていた。


「佐々木さん、ご存じですか?」

 新堂さんは息子さんから聞いたという、今中学生の間で流行っている漫画の話をする。「読んでみたら、僕まではまってしまって」と言って、また笑う。わたしも新堂さんに笑いかける。

「いいですね。いっしょに楽しむものがあって」

 こころの底からそう言う。

「そうなんですよ! 佐々木さんの娘さんは読んでいませんか?」

「スマホで何か読んでいるみたいで、分からなくて」

「一度聞いてみてください」

「ええ」


 そのとき、偶然、新堂さんの手が、わたしに触れた。

「あ、ごめんなさい」

「こちらこそ。あ、あそこですよ」

 会議室に着いてしまった。

 新堂さんの手が触れた部分が、少し熱を帯びていた。

 扉をがらりと開けて入る。

 残念。

 もう少し二人で話していたかった。





  「PTAで」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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