第133話 雨は降っても地は固まらない
男と別れた。
三股されたあげく、自分が一番下の序列で、身体だけの女だと言われてショックだった。他の女と別れてあたしだけにしなよ、と言ったら「じゃあ、お前とは別れる」と言われた。あたしもなんだかおかしくなっていて、「三番目でいいから別れないで」とか泣きながら言ってみたけれど、彼は「うざいからもういい」と言って、あたしの部屋から出て行ってしまった。
そう言えば、彼の部屋には一度も行ったことがなかった。会うのはいつもあたしの部屋だった。あまり疑問に思わなかったけど、よく考えてみればおかしなことはたくさんあった。「お前の部屋にある俺のものはみんなやるよ」っていうのが、彼の最後の台詞だった。あたしの部屋にある彼のものなんて、くだらない漫画だけ。
踏んだり蹴ったりとはこのことで、男と別れたすぐ後、風邪をひいた。四十度近い熱が出て、つらい。とりあえず市販の解熱剤を飲んだら熱が下がったので、そのまま寝ている。
LINEが来た。イサムからだ。
〔最近どう?〕
〔カレシと別れちゃったよ。しかも、風邪ひいた。サイアク〕
イサムとは大学時代からの友だちで、社会人になってからもずっと友だちでいる。これまでの彼氏のことを全部知っているから、ものすごく話しやすい。
〔次だよ、次! ユイコなら楽ショーだよ〕
〔そんなにカンタンじゃないよう〕
〔だいじょうぶだよ〕
〔えー〕
〔ユイコはかわいいから〕
〔そうかなあ〕
〔オレは好きだよ〕
〔ありがと!〕
〔風邪はだいじょうぶ?〕
〔薬飲んだ〕
〔スマホばっか見てないで寝ろよ〕
〔ねえ、あたし、ケーキ食べたい! 苺のショートケーキ〕
あたしはものすごく期待して、そう送った。イサム、今すぐケーキ持って来て。かわいいって言ってくれたよね? 好きだよって言ってくれたよね?
〔今度いっしょに食べに行こうよ! まずは風邪を治してね!〕
そうじゃないんだよ、イサム。あたしはいま、苺のショートケーキが食べたいの。いま、苺のショートケーキ持って来てくれたら、あたし、きっとイサムのこと、好きになるのに。
あたしはつまらなくなって、返事もしないでスマホをぽんと放った。
イサムはあたしのことが好きなんじゃないかな、と感じる瞬間はこれまでにもあった。
あたしはいつもダメな男に捕まってしまう。ダメな男に捕まって傷ついて、イサムに連絡をする。イサムと遊んで憂さ晴らしをする。イサムはそのとき、いつも熱を帯びた視線であたしを見てきて、ときどきさっきみたいに「かわいいね」とか「好きだよ」とか言ってくれる。あたしはいつも「ありがとう」と返す。
イサムはいつもタイミングが悪い。
いま、おいしい苺のショートケーキを持って、この部屋に来てくれて、「ユイコかわいいよ、好きだよ」って言ってくれたらよかったのになあ。苺のケーキ一つで、あたしはイサムが好きになったのに、たぶん。
気づけば窓の外は雨が降っていた。雨降りも好きじゃない。さみしくなってしまうから。こんな暗い雨降りの休日に、失恋してさらに風邪をひいて弱っているあたし。つけこんで欲しかったのに。
天気予報を確認すると、雨は明日には上がるみたいだ。でも、雨は降っても地は固まらない。
あーあ。
「雨は降っても地は固まらない」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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