第132話 忘れ物

 子どもが帰って来ない。


 どこに行ったのだろう? 

 約束していた友だちの家からはもう帰ったとLINEがあった。私はキッズスマホの位置情報で居場所を確認する。――近くの公園にいるみたいだ。

 少し安心して、もう三十分待つことにする。

 夕方の六時を過ぎて、また不安になる。キッズスマホの位置情報を見る。やはり、公園にいる。


 私は公園に行くことにした。

 誰もいない公園が目に入り、心臓の鼓動が早くなる。どうして?

 見ると、ベンチに息子の携帯が置きっぱなしになっていた。自転車はない。

 どうしよう? 私はその公園から小学校への道を歩いた。


 さとる。

 どこにいるの?


 風がざあっと吹いて、木蓮の白い花びらが舞い散った。目の前で肉厚の木蓮の花びらが飛んでゆく。

 私は悟のキッズスマホを握り締めた。

 見知らぬ子どもたちが自転車に乗って、どこかへ急ぐ。


 さとる。

 どうしよう? 

 心臓が早鐘を打つ。

 

 震える手で夫に電話するけれど、出ない。LINEをしようと思ったけれど、手が震えてうまく打てない。〔さとるかえってこない〕全部平仮名になってしまった。しばらく待っても既読にはならない。どうしよう?


 どうしよう? 

 どうしたらいいの?

 木蓮の白い花びらが、また一枚左右に揺れながら落ちた。ひらひらひら。

 

 警察に電話? 

 それとも、もっと探してから? 

 どうしよう?


 わたしは小学校から、大回りして悟が行きそうなところを歩く。よく遊びに行く友だちの家の近くを通り、悟の自転車がないか確認する。

 ――自転車、ない。家の中から、家族団欒の声が聞こえてくる。


 さとる。

 どこにいるの?


 わたしは思いついて、家に戻ることにした。

 もしかして帰っているかもしれない。

 自転車置き場に自転車はない。玄関の前で待っている姿もない。

 わたしは震える手で玄関の鍵を開けた。――靴もない。




 ――あれ? テレビの音がする。

 リビングに行くと、悟がテレビを見ていた。


「悟!」

「ママ」

 悟はのんきにゲームしながらテレビを見ていた。

「どこから入ったの?」

「あそこのガラス戸、鍵、開いてたよ」

 悟は庭に面した窓を指さした。

 そうだ。慌てていて。

「ねえ、自転車は?」

「んー、どこで忘れたんだろう? 学校かも」

「靴は?」

「庭」

 見ると、靴があっちとこっちに転がっていた。


「はい」

 私は悟にキッズスマホを渡した。

「あ! どこにあったの?」

「公園のベンチだよ」

「なんでそんなところにあったんだろう?」

「忘れたからだよ」


 帰ってくるのを忘れないでよかった。

 私は悟の頭を撫でた。





  「忘れ物」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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