第130話 サッカーボール
公園から車道にサッカーボールが飛び出しそうになった。
「危ない!」
ママ友の澄香がボールを止め、子どもを叱る。
「ママ、ごめんなさい」健也くんはしおらしそうに謝るが、またボールで遊び始めた。
「あーあ、ちっとも言うこと聞かないよー」澄香は口を尖らせた。
「男の子はね」と、とりあえず言っておく。
「男の子は仕方がないよね。お兄ちゃんも全然言うこと聞かなかったし、まして健也は次男だから」
「健也くん、元気だものね。来年、小学校?」
「うん、そう! 絵美さんとこの結衣ちゃんは再来年よね。年中さんだから」
わたしたちは幼稚園が同じで家も近く、公園でよく顔を合わせたので、子どもの性別は違うけれど、友だちになった。
結衣はわたしの目の届くところで、おとなしく砂場遊びをしている。そのすぐ横で、健也くんがボールで遊んでいて、わたしはボールが結衣にぶつからないか、目の端で確認していた。
「この公園、ボール禁止なんだよね?」わたしは批判に聞こえないように言ってみた。
「うん、そう。でもボール遊びするとこないしー」
「わかるー、ないよねー」とりあえず、同調しておく。そして「でもさ」と続ける。
「さっき、危ないって、澄香言ったけど、車道に面しているから怖いよね。バスも通るし」
「うん、そうなの。実はさ、お兄ちゃんがボールを車道に出しちゃったことがあって」
「えー、大丈夫だった?」
「うん、うちは大丈夫。でも、運悪くバスが通って、バスがボール踏んですごい音がしたんだ。びっくりしちゃった!」
「へえ。事故にはならなかったの?」
「うん、大丈夫。急停止して止まったし、自転車や他の車はいなかったし」
「よかったね」
「よくないよー、あのサッカーボール、高かったんだから!」
「そうなの」
「そうよ! ――健也! だから、ボール蹴っちゃダメ!」
澄香は急いで健也のところに行った。
だったら、ボールを持って来なければいいのに。ボールで遊べる小学校とかに行けばいいのに。バカ息子にバカ親。いい加減にしてほしい。
わたしは結衣のところに行き「そろそろ帰ろうか」と声をかけた。
わたしは、その急停止したバスに乗っていたのだ。産婦人科に行くために。急停止して転んで――わたしの赤ちゃんはいなくなった。本当は結衣の一つ上にはお兄ちゃんがいたのだ。
澄香は大きなお腹で息子を追いかけている。「先、帰るね」と一声かけ、それから、澄香が転んでしまえばいいとひっそりと祈った。
「サッカーボール」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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