第129話 異国の地で置いて行かれた

 気づいたら、みんながいなかった。


「バスの場所、ここだよね? 渚」瑞希が言う。

「うん」とあたしは答えた。

 確かにここにツアーバスが停まっていて、あたしたちはちゃんと集合時間に間に合って来たはずだ。ぎりぎりだったけれど。でも、ツアーバスは影も形もなく、いっしょに旅行をしているはずの、同じ大学のみんなも引率の先生もツアーガイドの二人もいなかった。


「置いて行かれちゃった……?」

「まさか、そんな」

 あたしも瑞希も呆然として、その場に立ち竦んだ。

 ここは日本ではない。日本でも見知らぬ地で置いて行かれたら立ち竦んでしまうけれど、ここは中国だ。いったいどうやって帰ればいいんだろう?


「ねえ、ここで待っていれば、戻ってきてくれるかな? いないことに気づいて」

「瑞希。でも、そもそも、いないことに気づくようであれば、出発していないと思う」

 あたしたちはスマホを見た。

「ねえ、渚、誰かと連絡先交換した?」

「……してない」

「あたしも」

 あたしたちはこのツアーの中で、影の薄い存在だった。中国語を受講している学生向けの大学主催のツアーなのだけど、参加者は中国が好き! というメンバーよりも、むしろ旅行することが好きな華やかなメンバーが多くて、真面目な部類に入るあたしと瑞希はなんだか浮いた存在だったのだ。だから当然他のメンバーとLINEの交換などしていなかった。


「あ、でも、ガイドさんの携帯番号は分かるよ。確かもらった行程表に書いてあった」あたしは思いついて言った。

「行程表、持ってる?」

「うん――あ、持ってない。ここ、基本トイレ休憩でちょっとお土産を見るだけのつもりだったから、お財布とスマホしか持っていない。ごめん、瑞希」

「ううん、あたしも持っていないから。それに番号登録もしていなかったし」

「あたしも」

 あたしたちはスマホ片手に溜め息をついた。


「ねえ、次はどこに行くんだったけ?」

「……はっきりと覚えていない」

 あたしたちはスマホでマップを出した。でも、どこに行けばいいのか分からないから、どうしようもなかった。ツアーバスも、もしあたしたちがいないことに気づいたのであれば、もう戻ってきてくれてもいいくらいの時間は経っていた。つまり、あたしたちの不在に気づかないままバスツアーは続けられているということ。

 どうしよう? 


 何度目かの深い溜め息をついて、なんとなくポケットに手をやったとき、紙が手に触れた。なんだろう? 取り出して見ると、箸袋だった。

「瑞希、箸袋があった! 朝、ごはんを食べたときの」

「ホテルの⁉」

「そうそう!」

 箸袋にはホテル名が書いてあった。確か今日は連泊だったはずだから、ホテルに向かえばいい。これでだいじょうぶ!


 あたしたちは必死で歩いてホテルへ向かった。スマホでマップを見ながら。タクシーに乗ればよかったのかもしれないけど、中国語は自己紹介くらいしか出来なかったので、怖くて使えなかった。公共の交通機関も難しくて、ともかくひたすら歩いた。

 ようやくホテルに着くと、ちょうどあたしたちがいなくなったことに気づいたところのようだった。ホテルのロビーで見覚えのある面々が「えー、うそお」とか言っていた。どうやらあのあと、どこかの観光地を回ってホテルに帰り着いて、ようやくあたしたちの不在に気づいたらしい。――ありえない。


「時間に遅れるからだよ」誰かが言った。

「遅れてない。ぎりぎりだったけど」瑞希が暗い小さい声で言った。でも誰も聞いていなかった。

「無事でよかった」と先生とガイドさんが貼り付けたような笑顔で言った。

 無事じゃなかったらどうするつもりだったんだろう? 本当にむかつく。





  「異国の地で置いて行かれた」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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