第128話 今日の埋め合わせは

 夫がわたしの車を使って、釣りに行ってしまった。


 仕方がないので娘のひなたに〔ごめん、迎えに行けなくなった。パパが、ママの車で釣りに行っちゃったから〕とLINEする。夫の車はマニュアル車だから、オートマ限定のわたしの免許では運転出来ないのだ。そもそも、スポーツカーで車体も低いから、オートマであってもわたしには運転が難しかった。


〔どうやって帰ったらいい?〕ひなたからLINEが来る。

 中学生のひなたは部活で遠方に行っていて、行きはわたしが送って行ったのだ。

〔悪いけど、電車で帰って来てくれる?〕

〔駅まで遠いんだけど〕

〔ごめんね。バスとかないかな?〕

〔……調べてみる〕


 わたしはスマホを見ながら、溜め息をついた。最近、こういうことが多い。夫は釣りが趣味だ。釣りのときは、わたしの軽自動車の方が便利なのだ、恐らく。だけど、断りもなく勝手に乗って行ってしまうので、わたしはその日の行動に困ることが多かった。

 夫に〔車、勝手に乗って行かないで〕とLINEしようと思って、やめる。こういうことをLINEで言うと、嫌味になることを知っていたからだ。以前、それでケンカになった。


 LINEから目を離し。ふとテーブルを見ると雑誌があった。

 いちかが買って来たのだろうか?

 めくると、それは少し近くの街のお出かけスポットが載ったものだった。珍しいな、と思う。何でもスマホで検索する子が。好きなお店があったのだろうか。高校生になったいちかは、スマホで様々なお店を検索して、友だちと食べに行くのを楽しみとしていた。


 なんとなく見ていたら、フルーツ専門店が載っていて、急にそのお店に行きたくなってしまった。新鮮なフルーツのジュースもフルーツの盛り合わせも、フルーツたっぷりのケーキもパフェも、何もかもがおいしそうだった。

 特に目を引いたのは、ぶどうのショートケーキだった。苺の代わりにぶどうが使われているそのケーキが、急に食べたくなってしまった。シャインマスカットの緑が鮮やかにわたしの心に響いた。


 家族LINEに〔ねえ、フルーツ専門店に行かない?〕と雑誌の写真を添えて送る。すぐにひなたから〔行きたい!〕と返信が来る。いちかからも〔そこ、行きたいと思っていたんだよね〕と来る。夫からは来ない。だけど、わたしとひなたといちかの三人で、いつ行こうか何が食べたいか。など、LINEの会話が弾む。


〔パパにおごってもらおうよ。今日、わたし、大変だったから〕ひなたからそうLINEが来て、〔パパ、またママの車、乗って行っちゃったの?〕といちかが言う。そして、〔パパ、ママの車、勝手に乗ってたら駄目だよ! ママが困るから! わたしたちも困るときあるし!〕と続けて言う。


 わたしの言いたかったことを、娘が言うと、なんだかそれはとげとげしくならない。不思議だ。

〔パパ、今日の埋め合わせは、おいしいもので!〕

 ひなたからのLINE。


 たぶん、リビングにいたら、みんなで声を出して笑っていた。





  「今日の埋め合わせは」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!


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