第126話 古い友人

 もう何年も会っていない、古い友人が亡くなっていたと知った。


 メールで、共通の友人から訃報を聞き、しばらく画面を見つめて返信するための言葉が浮かばずにいた。

 古い友人で、しかもここ何年かは音信不通だった。友人は一年も前に亡くなっていたので、どんなアクションをしたらいいのか、わたしには見当がつかなかった。ただ、スマホに登録してある彼女の名前を見て、昔を回顧し、そして名前は消さずにそのままスマホの電源を落とした。訃報を教えてくれた友人にもお礼だけ述べて、終わった。


 彼女とは趣味の集まりで知り合った。

 それは読書サークルで、同じ本を読み合って感想を言い合うものだった。最初の本は主催者が選び、次からはメンバーがお薦めの本を選んで読み合っていった。身近に本を読む友だちがいなかったので、そのサークル活動をとても楽しみにしていた。数年通ったが、結婚とか出産とか、いろいろなことが重なり、サークル活動を止めて久しかった。彼女とも、サークル内で知り合った友人と数人でときおり食事をする時期もあったが、お互い自分の生活が忙しくなり、気づいたら何年も会っていなかったのだ。

 

 よく、恋愛の相談を聞いてもらったな。

 わたしはもう一度彼女の連絡先をスマホに表示させた。

 夜に電話をしたこともあった。

 彼女はわたしよりも五歳年上で、恋愛に長けていた。いろいろな恋愛をしてきていて、わたしの話にいつも的確なアドバイスをくれた。


 ――ふいにスマホが振動した。電話だった。夫からだった。

「もしもし?」

「あ、うん」考えごとをしていたので、変な返事をしてしまう。

「あれ? いま、駄目だった?」

「ううん、そんなことないよ、どうしたの?」

「今日さ、早く帰れるから、ヒカル連れて外食に行かないかと思って」

「ほんと? ヒカルも喜ぶよ」

「じゃあ、また連絡する。出かける準備しておいて」

「うん、分かった」と言って、電話を切る。


 ヒカルが帰って来るまで、あと少しだ。

 わたしは時計を見て、部屋の片づけの仕上げをする。出かけるなら、全部きちんとしておきたい。

 洗濯物をしまい、台所も全部きれいにする。テーブルの上を拭きながら、彼女がいなかったら、この生活もなかったんだと思ったら、ふいに涙がこぼれてきた。


「だめだよ、意地張ったら。ちゃんと連絡してごらん?」


 彼女のあのひとことがなかったら、わたしは当時恋人だった夫と別れていた。些細なすれ違いが原因で。あのとき、連絡しなかったら、夫は夫ではなかった。

 わたしは彼女に「ありがとう」と言っただろうか。――言ったと思う。だけど、このいまの生活を思うと、全然足りない「ありがとう」である気がした。でももう伝えようもない。もっと、話したかった。彼女の話を聞きたかった。

 ねえ、いま幸せだよ。あなたのおかげだよ。ありがとう。

 ――玄関のチャイムが幸せな音を鳴らした。





  「古い友人」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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