第125話 あたしはいったい誰なんだろう?
小さいころから「お母さんに似ていないわね」と言われ続けていた。
そのたびに、あたしの両親は「おばあちゃんに似ているのよ」とか「でもお父さんにはよく似ているよ」とか、一生懸命自分たちの血筋に似ている話をした。まるで自分たちの不安を隠すように。
自分は親と血が繫がっていないのではないか。
小学校高学年になったとき、そう思うようになった。
あたしはあまり勉強が出来なかった。勉強するよりも身体を動かす方が好きだった。母はあたしにピアノを習わせた。なんでも、母はずっとピアノを習っていたのだそうだ。でも、あたしは全然ピアノが出来なかった。練習するのも嫌だった。ピアノよりも体操やダンスを習いたくて、「あたし、ピアノもう習いたくない! ダンス習いたい! みやちゃんたちといっしょに」と言った。小学校五年生のときだ。
あのときの母の顔を忘れることが出来ない。
母は怒るでもなくただ、「そう、分かったわ」と言った。冷たい目で。何かをすっかり諦めてしまったような、まるで海を渡るための最後のボートがなくなってしまった漂流者のような、そんな顔をしていた。子ども心にまずいことを言ったと思った。でも、何がそんなにいけなかったのかはまるで分からなかった。ピアノは辞めることが出来た。でも、みやちゃんといっしょにダンスを習うことも出来なかった。「ダンス習いたい!」とはとても言える雰囲気ではなかった。
母は親としての役割は完璧にこなしていた。衣服はいつも清潔だったし、ごはんもきちんと手作りだった。中学からは毎日のお弁当も作ってくれていた。
成績が悪くても怒られることはなかった。中学に入って、「親の干渉がうざい」と周りの友だちが言っていたけれど、あたしと母の間にはいつも薄い膜のようなものがあって、母がわたしに干渉してくることは一切なかった。授業参観にも保護者会にも来てくれた。だけど、高校受験のとき「どこの学校がいいかなあ?」と言ったら、母は興味なさそうに「瑠美の行きたいところでいいのよ。行けるところで」と言って、薄くわらうだけだった。
「えー、いいじゃん! ジシュセーを重んじてくれてるみたいで! あたしのママなんて、あれこれ口出しして、すごくうるさいんだから! 羨ましい!」
みやちゃんはそう言うけれど、なんか違う気がした。ジシュセーとかではなく、あたしのことには興味がないように見えるのだった。でもそんなこと、友だちには言えない。
高校のとき修学旅行で海外に行くため、パスポートが必要になった。戸籍が要るらしい。あたしはひどく緊張しながら、戸籍を見た。養子だと思っていたけど、養子ではなくて、拍子抜けした。むしろ、養子であった方がすっきりした気がする。
専門学校に行き、就職してすぐに家を出た。すごくほっとした。「お母さんに似ていないわね」と言われることもなくなったし、ピアノを見なくてもよくなったからだ。ピアノはまるであたしの罪を責め立てるように、いつもそこにあった。
*
結婚して子どもが出来た。
里帰り出産はしなかったが、実家に赤ちゃんを見せに行った。
「あなたはすぐに赤ちゃんが出来ていいわね」
母は赤ちゃんを抱きながら言った。
その顔は冷たくて、わらっているようでわらっていなかった。
「わたしが妊娠するのにどれだけ大変な思いをしたか……。わたしの卵子では妊娠しないのよ。なんて不公平なの」
え? それはどういうこと? あたしはじゃあ、誰の子? あたしを生み出した卵子はどこから? 誰の?
……あたしはいったい誰なんだろう?
「あたしはいったい誰なんだろう?」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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