第123話 ウグイスではなくて
お腹がオレンジ色の、茶色っぽいもふもふした鳥を見かけた。スズメくらいの大きさだけど、スズメとは違う。お腹がオレンジの、名前も知らないもふもふは、道路を数回ちょこちょこと飛ぶように歩いた後、ふいに飛んで行った。
まだ一月だけれど暖かくて鳥の鳴き声がして、気持ちのいい日だ、と思う。でも……。
わたしは営業鞄を持ち直し、また駅に向かって歩き出した。
……営業の仕事、向いていない。全然売れない。いい日和とは裏腹に、気持ちは暗く沈んでいた。転職して、初めて営業の仕事に就いた。最初はやる気に満ちていた。でも、一ヶ月経っても二カ月経っても、一件も売れなかった。……どうしたらいいのだろう?
わたしは重い足を引きずるようにして、歩く。溜め息が出てしまう。
すると今度は、黄緑色のきれいな鳥が二羽飛んできて、目の前の背の低い椿の木に留まった。ウグイス?
二羽の黄緑色の鳥は、椿の木の中を楽し気に飛び回った。二羽でおしゃべりするみたいに、ちょんちょんと椿の赤い花と緑の葉の間を飛び回る。
わたしもあのウグイスみたいに、軽い足取りで歩けたらいいのに。
椿の中の二羽の鳥をじっと見ていたら、黄緑色の鳥は急に空へと飛び立った。一羽が飛び出すと、もう一羽もすぐに椿から飛び立ち、まるで二つの黄緑色の小さな風船がダンスをしながらゆくように、絡み合って青い空へと飛んでゆくのだった。
「あ、梅……?」
二羽が飛び立った先には、古い背の高い梅の木があり、よく見ると白いほのかな花が二輪だけ咲いていた。雪じゃないとは知りながらも花だとも思えなくて、青空に透けるような白いその花をじっと見た。やはり白い梅の花だった。
蕾に気づかなかった。何度も通っている道なのに。
視線が常に道路に落ちていたせいだ。顔を上げて歩いていたら蕾が膨らんでいるのにも気づけただろうに。
二羽の鳥はよく見たらウグイスではなくて、メジロだった。目の周りが白い、黄緑色のきれいな、そして春を呼ぶ鳥。明るい声で互いを呼び合う。ホーホケキョとは鳴かないけれど、その声は青空に響き、何か明るいものをわたしの胸の中に落として行った。
二羽のメジロは梅の木から、今度はまたどこかの庭木へと飛んで行ってしまった。二羽仲良く。わたしはメジロが消えて行った青空をしばらく見ていた。雲一つない、澄んだ空気のきれいな青い空。
わたしはまた駅へと歩き出す。
営業の仕事、向いていない。売れる気が全くしない。
だけど、もう少し頑張ってみよう。投げ出さずに。
アスファルトの地面をしっかりと踏みつけて歩く。
遠くで鳥の鳴き声がした。先ほどのメジロの声のようにも聞こえたけれど、違うかもしれない。いずれにせよ、蒼穹に明るい旋律を響かせた。鳥の歌声が、梅の花を順番に咲かせていく幻影が見えた気がした。
あしたはもっと多くの白梅が咲いていることだろう。
「ウグイスではなくて」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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