第122話 彼のチョコレート

 ツカサくんはもてる。


 そのことにあたしが気づいたのは、幼稚園のときだ。

 みんな、ツカサくんと手を繋ぎたがったし、席に座るときも横になりたがった。お弁当のおかずをあげる子もいたし、くれよんを貸したがる子もいた。


 ちょっと待って! ツカサくんの横はあたしだからっ!

 

 と思ったけれど、ツカサくんは幼稚園児のくせに妙に冷静に「ジュンちゃん、順番だよ」と言った。

 ツカサくんはミニトマトが嫌いなのに、「ツカサくん、ミニトマトあげる~」って舌ったらずの言い方で渡されて、「ありがとう美優ちゃん」って食べちゃうんだ。くよれんも、持っているのに「使って、ツカサくん」と渡され、「ありがとう裕子ちゃん」と言って使っちゃう。恐るべし、幼稚園児!

 

 そんなわけで、ツカサくんは、まず見た目でもてていたのに、あらゆる女の子に優しくて、もうどんどんもてていった。あたしはずっとそばにいて、もてもてのツカサくんを見守って来たんだ。

 いまでは高校生になって、もう「ツカサくんの横はあたしだからっ!」なんていう気持ちはどこかに消えてしまっていて、もてもてのツカサくんをいつも生暖かい目で見てる。


 そんなツカサくんにも、弱点が一つだけあった。

 それは、チョコレートが食べられないこと。

 小学校低学年のバレンタインデーのとき、もらったチョコレートを無理して全部食べて、お腹を壊して以来、食べられなくなっちゃったんだ。


 さて、今年もバレンタインがやってきた。

「ジュンちゃ~ん」と情けない声で、ツカサくんはうちに来た。大きな紙袋を3つも持って。

「それ、全部、チョコなの?」

「うん、そう」

「あーあ、すっごくいっぱいあるね」

「そうなんだよ。ジュンちゃん、よろしくお願いします、今年も。……ごめんね?」

 ツカサくんは上目遣いでそう言う。

 あー、もう、その顔! 断れないじゃない!


 あたしはチョコが好きだ。

 でも、こんなにいっぱいは……さすがに飽きる。だけど、コーヒーを飲みながら頑張って食べる。あーあ。ツカサくんは、こういうの、捨てられないんだよね。だからあたしが毎年食べてるの。ツカサくんのチョコレート。

「もう、食べられないよ~。続きは明日にする」


「ジュンちゃん、この箱、何?」

 ツカサくんは、あたしが机の隅に隠しておいた箱を目敏く見つける。

「あっ! それは」

 あたしはツカサくんから箱をひったくる。

「それ、僕が好きなケーキ屋さんのチョコだよね?」

「うん」

「どうして?」

「……ナイショ」

 ツカサくんはあたしの顔をじっと見た。やだもう、ナイショなんだってば! あたしは気持ちがばれないように必死になった。

 ところが、ツカサくんてば、あたしから箱を奪うと、包みを開けた。そうして、ぱくっと食べちゃった。


「ツカサくん、チョコだよ! 大丈夫?」

「んー、だって、ジュンちゃんのチョコだから。……やっと食べれた」

「え?」

「ジュンちゃん、いつかのバレンタインのとき、泣いちゃったでしょう? 僕が、もらったチョコ、全部食べたとき」 

 うん、そうだったかも。

「ジュンちゃん、みんなの好きって気持ちも食べることになるから、嫌だ、あたしのだけ食べてって言ったんだよ? 覚えてない?」 

 ……覚えてない。

「僕、あのときから、ジュンちゃんのチョコだけ食べようと決めたんだ。でもジュンちゃん、全然くれなくてさみしかったよ。やっと、だよ」

 

そう言って、ツカサくんは、あたしにキスをした。





  「彼のチョコレート」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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