第118話 交換日記

「ねえ、交換日記のノート、買ってくれた?」

 美紅ちゃんが言う。

 ああ、言われちゃった。どうしよう。

「うん、ごめんね、買うの忘れちゃって。明日持ってくる」

「分かった」


 美紅ちゃんとの交換日記はもう一年近くになる。ノートは交替で買う約束だった。交換日記には、毎日好きなことを書く。好きなひとのことや学校では話せないこと、それからイラストなんかを描く。美紅ちゃんは絵がとても上手で、いつも羨ましいなあって思っている。美紅ちゃんとの交換日記は大好きで、書くのも読むのも、楽しいことの少ない学校の数少ない楽しみの一つだった。


「ただいま」

 家に帰り、ランドセルを置く。ああ、言わなくちゃ。ノートを買うお金をくださいって。

「おかえり」

 お母さんが言う。

「うん、ただいま。お母さん、あのね、ノート買うお金が欲しいの」

「ノートなら、そこにあるでしょう」

 お母さんはどこかでもらったかわいくもない、しかも会社名が書いてあるようなノートを指さす。

「そういうのじゃなくて、かわいいのがいいの」

「勉強にかわいいのは要らないでしょ」

「……交換日記のノートなの」

「交換日記? 誰と?」

「……美紅ちゃんと。この前からずっと欲しいって言っていたよ」

「そうだっけ? 交換日記なんてどうしてしているの? 美紅ちゃんはあんまり頭のいい子じゃないでしょう。もっと頭のいい子とつきあいなさい。柴田さんとか」

「……でも、美紅ちゃん、絵が上手なんだよ」

「はあ。どうしてそうなの。それよりお手伝いしてくれる? あなたはどうして何もしないの」

「ねえ、ノートのお金」

「ノートはそこにあるって言ったでしょ! 早くお手伝いして‼」

 わたしは泣き出したいのを我慢して、台所に向かった。

 どうしよう、今日もノート、買えなかった。


 翌日、学校に行くと美紅ちゃんが水色に虹の柄が入った、かわいいノートを差し出してきた。

「我慢出来なくて、買っちゃった。今度はこのノートにしよう!」

 美紅ちゃん、ありがとう! 大好き。大切に書くね。


 *


 ――毎日、よく書くことがあったよなと思う。

 わたしは文房具売り場で手にした、かわいいノートをそっと元の場所に戻した。

 半分ずつ分けて持っている交換日記。

 美紅ちゃん、今でもときどき思い出してくれているといいな。



 



  「交換日記」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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