第116話 耳毛の物語
ボクはね、おとうさんの大事な宝物の耳毛の精霊なんだ。
ある日、おとうさんたら、ボクのこと、ぷちって抜いちゃったの。
ボクね、頑張ったんだよ。抜いちゃだめ、ボク幸運の耳毛なんだからって!
……でも、抜かれちゃったの。
ボクが耳からいなくなって以来、おとうさんは不幸の連続なんだ。
まず、寝坊して会社に遅刻した。パソコン忘れて会社に行って怒られた。会議に出たら居眠りしていて怒られた。……まあ、全部おとうさんが悪いって言えば悪いんだけどさ。でも、これ全部一日に起こった出来事だから、おとうさんがかわいそうで。ボクが耳にいたら、幸運のおまじないをかけてあげられたのになあ。
ボクはおとうさんがかわいそうになって、涙が出て来ちゃったんだ。
すると、ねこの耳毛の精霊がボクに話しかけてきた。
「どうしたの?」
「ボクね、宝物の、幸運の耳毛だったのに、抜かれちゃったんだ」
「あー、それは大変ね」
「そうなんだ。おとうさん、不幸続きで見ていられなくて」
「かわいそうに」
ねこの耳毛の精霊がボクの頭をなでなでしてくれた。
「なんとかなるといいわね」とねこの耳毛の精霊が言ってくれたと思ったら、怖い声が降って来た。
「けっ。なんとかなるわけねーだろっ」ハクビシンの耳毛の精霊だった。
「いったん抜けた耳毛はもう元には戻らねーんだよっ。お前もそのうち消えちゃうんだよっ」
「そんな言い方、ないわよ!」
ねこの耳毛の精霊が怒ってくれた。
でも、ボク、泣けて泣けて仕方がなかった。わんわん泣いた。
ボク、もうおとうさんに幸運のおまじない、かけてあげられないんだ。
ボク、おとうさん、大好きだったのに。
ボクがあんまり泣いたので、ハクビシンの耳毛の精霊はちょっと後味の悪そうな顔をしてどこかへ行ってしまった。
ボクはねこの耳毛の精霊に頭を撫でられながら、泣き続けた。
「あっ」
ボクは気づいたら、身体が透けていた。……ボク、ほんとうに消えちゃうんだ。ハクビシンの耳毛の精霊が言ったみたいに。
「ねこの耳毛の精霊さん、ありがとう」ボクは頑張ってお礼を言った。ねこの耳毛の精霊さんが何か言ったけど、聞こえなかった。さよなら。
*
ボクはいま、おとうさんの耳の中で伸びをしている。ぐんぐん伸びようとしている。
そう。ボクはいったん消えて、またおとうさんの耳の中に戻ったんだ。よかった!
ボク、また長く長く伸びて、おとうさんに幸運をもたらす宝物になるんだ!
「耳毛の物語」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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