第114話 たまのを

 ねえ、知ってる? オホーツク文化って。北海道の方にあった文化なんだよ。

 あのね、人が死んだときに、顔に壺を被せるの。死んだ人の魂が、口から出てくるって思ったのかな?

 ねえ、どう思う? 魂ってあるのかな。あったら、口から出るのかな。死んだら口から出て、さまようって思ったのかな。だから壺を被せたのかな。


 玉のをよ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの よはりもぞする

 という有名な和歌があるよね。式子内親王の。

 玉のをって、魂の緒のことだよね。これも魂の存在を示している。昔のひとは魂が見えていたのかもしれないね。

 ところでさ、恋心が強くなりすぎて、こころに秘めていることが難しいから、「玉のをよ たえなばたえね」なんだけど、それってどんな恋心なんだろう? 隠しておかなければならない秘密の恋ってどんな感じ?

 ……わたしたちは秘密にしているけれど、別に不倫じゃないから。

 え? 秘密にしているのはわたしだって?

 ――だって。

 誰にも言いたくないもの。この気持ちはわたしだけのものだから。誰かに言うと、その段階で恋心が変容してしまう気がするの。これはわたしだけのもの。

 わたしと、あなただけが知っていればいいこと。……そうじゃない?

 

 いつか、わたしの中から魂が抜けだして、あなたに逢いに行く日が来るのかな。そうしたら、あなたはどうする? え? 口に壺を被せるって? ふふ。

 ……わたしはあなたに壺は被せない。だって、逢いに来てくれるでしょう? 魂となっても。わたしは魂でも、あなたに逢いたいと思う、きっと。

 ……壺は冗談だって? ふふ。いいの。わたしは壺の中でもあなたを思ってる。

 え? そうしたら、壺をずっとたいせつにしてくれるの? ふふふ。

 

 ねえ。わたしの軀も魂も、あなたのもの。何もかも。

 軀が繫がるように、魂も繫がる気がするの。「玉のを」と「玉のを」が。

 そうしたら、きっと、ほんとうにずっといっしょにいられる。

 そういう感覚って、わたしには紙の証明より、ずっと大事なことなんだよ。分かる?

 そうして、そういう感覚は秘しておくの。秘しておくから深くなるの、この気持ちが。

 

 あなたの魂は何色かしら。わたしの魂は何色かしら。混ざり合ったらどんな色になるのかしら。見えたらいいのに。


 枝垂桜はもう終わりだね。花びらが散って、赤い花蕊が残っている。さみしい感じがするね。花びらは行きたい場所に飛んで行けたのかしら。

 




  「たまのを」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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