第107話 失敗しない子育て

 人工子宮で赤ちゃんを育てることが可能になった。


 人工子宮は画期的な発明だった。妊娠出産で仕事を休むことによるキャリア喪失がなくなるので、多くの女性が喜んで人工子宮を利用して子どもを得た。人工子宮の利用は高額だったが、富裕層にとってはたいしたことのない金額だった。仕事や身体のことを考えると、安いものだと富裕層の多くの人間が考えた。そんなわけで、少子化問題は富裕層を中心に改善されていった。富裕層の多くは人工子宮で赤ちゃんを育て、赤ちゃんが生まれたのちはAIによる赤ちゃん見守りシステムやベビーシッター、保育園を駆使して子育てをした。家事代行も、もちろん利用した。


「ねえ、最近、朝陽、ちょっと我が儘じゃない?」

「そうだね。それに発達も遅いね」

「うん、そうなの。気になるわ。このまま育ててもうまく育たない気がするの」

「……キャンセルする?」

「そうしたい」


 人工子宮で育てる子は、当然みな人工授精だった。そして多くの人間は、二十代のうちに自分の精子と卵子を冷凍保存していた。子どもを望んだとき、いつでも人工授精出来るように。ただ、ときおりミスが発生し、精子や卵子の取り違えが起こった。自分に似ていないと感じてDNA検査し、取り違えが発覚するのである。

 そういうとき、子どもは「キャンセル」される。そうして、また新たに子どもを得るのだ。


「キャンセル」が法的に認められた後、次第に、取り違えはなくとも、望むような子どもでなかった場合にも「キャンセル」は起こった。

 全てはお金で解決される。

「キャンセル」された子は施設で国が育てることになっていた。労働力は必要なのだ。そして、国を動かしていく優秀な人材も必要なのである。


「昔は子育て、大変だったみたいじゃない? 自分の身体で妊娠したり出産したり。赤ちゃんも、AIの力も借りず自分たちだけで育てて。それなのに、出来が悪かったりして」

「出来が悪いのは、結局自然受精のせいだろう? やっぱり人工授精で優秀な遺伝子をきちんと受け継いだ受精卵を人工子宮で完璧に育てないと」

「そうよね。それにAIの赤ちゃん見守りシステムもいいわよね」

「うまく育たなかった場合は、やっぱり受精か子宮か、或いはAIの不具合だよな」

「わたしたちの遺伝子を受け継いだ子は優秀に決まっているしね」

「大変な思いして失敗するなんて、ありえないよなあ」

「いまは子育てシステムが出来上がっていて、よかったわよね」

「朝陽は駄目だったが、颯真と乙葉はいい子に育った。ほんとうによかったよ」

「だって、二人の子どもですもの」


 茉莉は綾人に微笑みかけた。そして綾人は「コーヒー、お代わり入れようか?」と茉莉のコップにコーヒーを注いだ。

「三人目、どうする?」

「そうね。ほんとうは間をあけずにつくりたかったけど、システムが新しくなるのを待っていたのよね。DNAコーディネートの技術はもう確立されたのかしら?」

「実はさ、同じ会社の鮫島さんがそれで子どもをつくったそうなんだよ」

「どうだったって?」

「いいって言っていたよ。好きな特性を選ぶことが出来るんだって」

「じゃあさ、ピアノが出来る子はどうかしら?」

「いいね。僕は数学が出来る子もいいな」

「ピアノと数学両方って出来ないのかしら?」

「相談してみよう。今度は男の子がいい? 女の子がいい?」

「そうね。男の子かしら。あなたは?」


 夫婦の子どもへの期待は尽きない。いつの時代も。でもこの時代はその期待が叶えられるのだ。なんていい時代なんだろう?





  「失敗しない子育て」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る