第105話 マーブル模様
人の気持ちはマーブル模様だ。
いろんな色が混ざり合い、ぐるぐると溶け合う。あたたかい色もあれば仄暗い色もある。優しい色もあれば冷たい色もある。あるいは、いろいろな色が混ざらないままの色もある。はっきりくっきりした色の感情なんて、子どものころの想い出の中に置いてきてしまった。
わたしはふとんの中に頭までもぐって、それからシーツのすべすべを足でなぞろうとした。ああ、でもちょっと皺になっている。……皺をなぞる。
「どうしたの?」
横で寝ていた岳がわたしの方に手を伸ばしながら言った。
「なんでもない。……ね、もう一回、しよ?」
わたしは岳に手を伸ばし、彼に口づけをした。唇を舌でこじあけて、彼の舌を探る。舌が絡まり、息が荒くなる。「香奈」岳の手がわたしに伸びる。わたしも岳に手を伸ばす。わたしたちは躰も心も熱くしながら、お互いを求め合った。皮膚と皮膚が触れ合い溶け合う。気持ちも混ざり合い溶け合う。
マーブル模様だ。
わたしは岳と混ざり合う。ぐるぐるぐるぐる。それはとてもぬるく背徳感のある興奮をわたしにもたらす。わたしは岳と抱き合うのが好きだ。岳と抱き合うことで、わたしの中の空白が埋まる。岳がどう思っているかはどうでもいい。わたしはわたしの中の空白が埋まればいい。マーブル模様になってぐるぐると。
ホテルから出て、駅まで車で送ってもらう。駅のロータリーで岳の車から降りる。
「じゃ。また、連絡する」岳が笑顔でそういう。
「うん、またね」わたしは笑顔で応えて、小さく手を振る。
あっさりとした別れ。だってわたしたちは恋人同士じゃない。
わたしは岳の車を見ながら駅の改札に向かった。
駅のホームでスマホをチェックする。夫からLINEが来ていた。
〔今日は早く帰れそうだよ〕
〔よかった! 今日のごはんは生姜焼きだよ。彰人も今日は塾がないから、みんなでごはん食べれるね〕とわたしは返信をして、LINEを閉じた。
家族三人、みんな揃って夕ごはんを食べることが出来る日はなかなかなかった。夫は仕事で帰宅が遅かったし、息子の彰人も塾が忙しくて、夕ごはんはたいていばらばらにとっていた。三人いっしょにごはん食べられるのは久しぶりだと、浮き立つ気持ちになりながら、わたしは電車に乗り込んだ。
電車は昼間の青空の中を進んで行く。買い物はしてあるから、帰って片付けをしてすぐに夕飯の準備にとりかかろう。そうこうするうちに彰人が帰ってくる。部活で疲れているせいか、最近あまり口を利かなくなってしまった。でもお弁当は全部食べてくれるし、ごはんもきちんと食べる。今日は彰人の好きな生姜焼きだから、きっと喜んでくれるはずだ。顔に出さなくても。
大切なものは小さな家の中にあった。だけど、わたしの心はいつでも青空のようにはいられなかった。ただ、それだけ。ぐるぐるとした気持ちは出来るだけ家の外側に置いておきたいだけなのだ。
「マーブル模様」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
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