第104話 逃げ水
よく晴れた日、舗装された道路の遠方に水があるように見えることがある。でも、近づいてもそこに水はない。子どものころ、とても不思議に思っていた。水はどこに行ったんだろう? 母が笑って、「逃げ水っていうのよ」と教えてくれた。
水はどんどん向こうに逃げて行く。捕まえようと思っても捕まらない。確かに「逃げ水」だ。
彼女も逃げ水みたいな存在だ。
そこにいると思って近づいても、そこにはいない。決して捕まえることが出来ない。
「モモコ、はい」僕はモモコにアイスラテを渡した。
「ありがと、タカユキ」モモコはにっこりとして、アイスラテを受け取る。
僕はモモコの向かいに座り、ドリップコーヒーを飲む。
モモコとは幼稚園がいっしょだったらしい。
でも、よく覚えていない。そもそも、幼稚園の記憶なんて、みんなぼんやりしているものじゃないか?
モモコは小学校入学と同時に引っ越したから、小学中学は別の学校で、高校で再会したのだ。……モモコが言うには。
「タカユキくん、久しぶりだね!」
なんて、美少女に言われて僕は舞い上がってしまった。「あ、う、うん、久しぶり!」なんて、覚えてもいないのに口走ってしまい、その後、覚えていないことがばれて、モモコを怒らせてしまった。
そしてそれ以来、どうも僕は下僕のポジションなのである。
「モモコ、この後、どうする? 映画観る? ほら、モモコが観たがってたやつ」
「どうしようかなあ。あたし、高山くんにも誘われているんだよね」
「……そう。高山と行くんだ」
「……誘われてるって言っただけじゃない!」
なぜかモモコ怒り出す。ついでに、アイスラテを一気飲みしてしまった。僕はまだ半分以上コーヒーが残っていた。モモコは空になったカフェラテを捨てに行く。
僕は焦ってコーヒーを持ったまま、モモコを追いかけた。「モモコ」
「あたし、映画行く。今から!」
「分かった、映画、行こう」
僕はコーヒーを全部一気飲みして、容器をゴミ箱に捨てた。
映画を並んで観て、僕はモモコの横顔をこっそり盗み見た。
かわいいなあ。
モモコの手を握ろうとしたけど、振り払われてしまった。あーあ。
「おもしろかったね!」モモコが無邪気に笑う。
「うん、おもしろかった」
「どこがよかった?」
「え、あー、うん」モモコの顔ばかり見ていたから、映画の内容がまるで頭に入っていなかったので、変な答えになってしまう。
モモコはまたもや怒り出し、「あの映画、好きじゃないなら、そう言えばいいじゃない!」と言ってまた、僕を置いて行ってしまう。
待って、モモコ。僕、きみに見惚れてただけなんだ。待ってよ。
モモコはどんどん遠ざかる。手を伸ばしても届かない。
モモコ、きみに触れたい。
「逃げ水」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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