第102話 赤いランドセル

 あたしはお気に入りのスカートをはいて、赤いランドセルをかちゃかちゃ言わせながら家を出た。


 学校行きたくない。

 足取りは自然に重くなる。

 学校行きたくない。


 でも、そんなこと、言えない。ママはパパと離婚したばかりで、大変なんだから。おばあちゃんも心配そうにしているし。

 かちゃかちゃ、かちゃかちゃ。

 ランドセルが音を立てるたびに、気持ちが重くなる。


 友だちがいない。


 ママとパパが離婚して、ママはおばあちゃんちの離れに引っ越した。県をまたいで引っ越したから東京の友だちともまたさよならした。もうきっと会うことはない。福岡から東京に引っ越したときもそうだった。スマホもないから、友だちとはもう会えない。「手紙書くね」なんて、嘘ばっかり。手紙を出しても返事が来たことは一度もなかった。だから今回は手紙なんて書かない。


 六年生の夏に転校したら、もうグループが出来上がっていて、どこのグループにも入れなかった。でも学校で一人で行動するなんてつらすぎる。あたしは結局あぶれている子と仲良くなったふりをしている。でも全然仲良くなんてない。話合わないし。

 学校、行きたくない、けど着いてしまった。


 ののかちゃんがあたしを見つけて駆け寄ってくる。

「おはよう、初音ちゃん! ねえ、宿題やってきた?」

「うん」

 あたしは勉強はあまり好きではない。低学年のとき休んでいたら分からなくなってしまって、それ以来なんだかよく分からないままだ。でも宿題をやらないで行くとかそういうことは出来ない。


「ねえ、宿題、見せて」

「いいよ!」

 ちょっと自信ないけど、あたしはなるべく元気よく愛想よく言う。ののかちゃんのことはちっとも好きじゃないけど、でも一人でいることの方が嫌だ。

 ののかちゃんはノートを取り出し、あたしの宿題を写す。算数だ。


「あー、初音ちゃん、この問題間違ってるよ」

「えー、そう? ごめんねー」

「あ、これも。だめじゃん、初音ちゃん!」

 ののかちゃんは嬉しそうに間違いを指摘して、答えを教えてくれる。

 なんだかむかつくけど、むかつく気持ちは隠して「ののかちゃん、ありがとー!」と過剰に甘ったるい声を出しながら、答えを直す。あたしは算数が特に苦手だ。


 消しゴムで間違った答えを消して鉛筆で正しい答えを書きながら、もう既に帰りたくなっていた。始まったばかりなのに。帰りたい。帰りたい。


 どこに?


 強く力を入れて消しすぎて、ノートの罫線が消えかかってしまった。





  「赤いランドセル」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る