第100話 赤ちゃんが欲しい。どうしても。
今月も生理が来てしまった。
私はトイレに落ちる血を見て、泣きたい気持ちになった。
武琉は「ゆっくりでいいよ」などと言う。正直あまり積極的ではない。ゆっくりなんてしていられないよ。だって、私はもう三十六歳だ。
――私は子どもが欲しい。赤ちゃんが欲しい。どうしても。なのにまたダメだった。
私は溜め息をついて、トイレから出た。
不妊治療、いくらかかるんだろう。それ以前に、武琉は不妊治療に協力してくれるのだろうか。今は、排卵日予測検査薬を使って排卵日を推測し、排卵日に合わせてセックスをしているだけだ。妊娠のためのセックスって、なんか盛り上がらない。そして、生理のたびに、排卵した卵がそのまま死んで血とともに流れていくイメージをしてしまうので、やりきれない気持ちになる。
つきあっていたときは楽しかったな。セックスも、とてもよかった。
三十二歳で結婚して、結婚は少し遅かったけれど、いまどきよくある話だし、すごく幸せな気持ちになった。三十五まではまだ数年あるから、すぐに子づくりをして妊娠して、三十五前に産めば大丈夫って思っていた。
結婚までは人生うまくやってこられたのにな。
私はソファに座って、スマホを見た。
仕事はしていない。結婚してすぐに妊娠するつもりだったし、仕事も嫌なことが続いていたので、結婚を機に仕事を辞めたのだ。その後、ずっと働いていない。
夫婦ふたりだけで子どもがなく、仕事をしていないと時間がたっぷりとある。
スマホでSNSを見る。Twitterを見てInstagramを見て、ニュースを読んだり妊活に関するサイトを見たり。
やっぱり本当は、武琉と二人で不妊治療のために病院に行かなくてはいけないのだと思う。でも、どうしても言い出せない。セックスこそしてくれるけれど。そう、して「くれる」なのだ。生理が来て落ち込んでいても、「ゆっくりでいいよ」「大丈夫だよ」と繰り返すだけ。子どもは欲しいとは言うけれど、私みたいな熱意は感じられない。由依子が欲しいならいいよ、という感じなのだ。
スマホの通知音がして、LINEを見る。――知也からだ。
知也とは武琉の前につきあっていた。別れた後すぐに知也は結婚してしまったので、しばらく音信不通だったが、最近また連絡をとるようになった。
知也には3歳になる娘がいる。知也の娘の写真を見て、すごく羨ましくなる。いいなあ。私、なんで知也と別れたんだろう。知也とあのまま結婚していたら、今ごろ子育てしていたかもしれない。知也が「明日会おうよ」と言うので「いいよ」と返す。知也は平日休みで、知也の奥さんも武琉も土日休みだから、平日に会いやすい。最近ちょくちょく会っている。また愚痴を聞いてもらおう。元カレって、話しやすくていい。
……知也の血液型、武琉といっしょだったな。
ふと、そんなことを思う。
私は本当に赤ちゃんが欲しいのだ。どうしても。
「赤ちゃんが欲しい。どうしても。」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます