第96話 霧雨の降る冬の海
冷たい霧雨が降っている。
今日は大寒だ。二十四節気の最終節で、最も寒い日らしい。……確かに寒い。寒さが足元から上り、私を冷やしていく。
平日の海は誰もいない。まして、冬の海ならなおさらだ。
私はローファーで砂浜に降り立つ。ざくざくと歩いてゆく。でも、砂がローファーに入らないように気をつけながら歩く。
夏の賑わいが嘘のように、静かで寂しい、そして陰鬱な海だった。
波の音が冷たく響く。
霧雨が世界を包み込み、昼間なのに暗い空と暗い海は境目が曖昧で、どこか別の空間に来たみたいだった。
……学校、さぼっちゃったな。
私は傘に霧雨を感じながら、海を眺めた。
霧雨は音もなく海に吸い込まれていく。
学校をさぼったことに、深い意味はなかった。ただ、今日はどうしても行けなかった。学校に行くために乗っていた列車を途中下車して、海に向かった。学校への連絡はホームページからすればいいからバレたりしない。そもそも私は優等生だから、疑われることはない。今までバレたことは一度もなかった。
こころを空洞にして、こうして、海でも山でもいい、何か自然を感じられる風景をただ眺めるという行為が、私には時折必要だった。
冷たい霧雨は世界を陰鬱にする。まるで私のこころを映し出すかのように。
あまりに寂しくて、スマホを取り出したくなったが、我慢した。そうではないのだ。そういうことでこの寂しさは埋まらないということを、よく知っていた。
寂寞たる想いとは真正面から向き合うことでしか、それを乗り越えてはいけない。
いつからだろう。私がこうして、ひとりを噛み締めるようになったのは。
私は思いついて、スマホの電源を落とした。……学校に連絡したら、すぐにこうしておけばよかった。ネットの電波はいつでもどこでも繋がることが出来るがゆえに、誰ともほんとうには繋がることが出来ないのだという逆説を生む。ゆえにスマホがあるから、寂しい。
ふと気づくと、雨が上がっていた。
私は傘を閉じて、雨粒を払った。
陰鬱な景色は変わらなかったが、雨が上がったことで砂浜から移動する気になった。
図書館に行こう。
本を読んだり予習をしたり、下校時間まで図書館まで過ごせばいい。
そうして、いつも通りの顔で「ただいま」と言うのだ。
私は駅に向かって歩きだした。
同じ制服を着て同じ年代の子たちがひしめく場所が、時々どうしようもなく、苦しい。
そういうときはこうして、ネジをゆるめて抜いてあげればいい。
そうしたら、また明日から普通の顔をして学校に行ける。
「霧雨の降る冬の海」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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