第87話 茶色く枯れた紫陽花の花
庭の紫陽花の花が茶色く枯れて、丸い頭を地面に向けていた。
切らなくては、と思う。
でも、日常に紛れてなかなか出来ずにいた。
茶色い花が、わたしを見る。
出かけるとき、リビングで掃除をしているとき、その茶色い丸い花はわたしを見ていた。残酷な視線を感じる。
どうして紫陽花の花はなくならないのだろう? どうして自然に落ちて土に還ってしまわないのだろう? 薔薇も山茶花もみな、自ら落ちて土に還るというのに。紫陽花だけはいつまでも自ら落ちず、茶色い顔をして、つめたく酷薄な眼差しをわたしに向けていた。まるでわたしの罪を暴くかのように。
そんなある日、ふらりと雑貨屋さんに入った。特に何が欲しいわけではなかったけれど、店のたたずまいがかわいかったので。食器を中心とした雑貨があれこれと売られていて、わたしは箸置きを手に取った。かわいい。これを買おうかな。
ふと何かが目に入った。
店の奥に銀色の細長いバケツに入った、ドライフラワーが飾られていた。それはひっそりと、でも店になじんで、店の雰囲気を素敵に見せていた。その花は紫陽花だった。紫陽花のドライフラワー。
「それ、私が作ったんですよ」
紫陽花のドライフラワーを凝視していると、店長らしい女性が言った。わたしと同じくらいの年頃の、中年の女性だった。
「紫陽花のドライフラワーって、初めて見て」
「紫陽花って、結構きれいなドライフラワーになるんですよ」
女性はにっこり笑った。ドライフラワーづくりが趣味なのだと、語った。
わたしはまた少し、お店の女性と会話をしたあと、箸置きを二つ買って帰った。とても感じのいい女性だと思った。
家に帰り着くと、庭の紫陽花が目に入った。茶色く枯れた、紫陽花の花。庭で地面から生えながら、既にドライフラワーになっている紫陽花の花。
わたしは玄関から花切り挟みを持って来て、その重い刃で思い切り紫陽花の花を切った。じゃくりと。いくつもいくつもある、丸い茶色い花を次々に切り取っていく。途中で思いついて、家からビニール袋を持ってきて、茶色く枯れた紫陽花の花をどんどん入れていった。花はがさがさと音を立てながら、そうして茶色い花びらを無残に散らしながら、ビニール袋の中に押し込まれて行った。
三十分ほど夢中で切り取ると、庭の茶色い花はすっかりなくなった。わたしはビニールの袋をしっかりと縛った。
「母さん?」
「創、おかえりなさい」
「何してるの?」
「紫陽花の花がみっともないから、切っていたの。すっきりしたでしょう?」
「……そうだね」
「ごはん、すぐ作るわ。待ってて」
「うん、ありがとう」
すぐに夕飯の支度をしなくては。
わたしはもう、茶色い視線を感じることはなくなった。
「茶色く枯れた紫陽花の花」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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