第77話 木箱の猫と君のこと

 広場に置かれた木箱から、何か物音がした。僕は塾へ行かねばならなかったけれど、どうしても気になって近づいた。リュックがかちゃかちゃと鳴る。


 見ると、木箱はがたがたと音を立てている。

 ――ねこ⁉

 木箱を覗き込むと、バスタオルが敷かれた中に白い小さな猫がいて、にゃあと小さな声で鳴いた。

 今どき、捨て猫?

 僕はそっと手を伸ばし、白い猫を箱から出した。ふわふわ! かわいい!

「うちに来る?」

 僕は塾のことも忘れて、猫に話しかけた。


 しかし、連れて帰ろうとしたら、女の子が来て「わたしのねこよ!」と言った。

「君の?」

「うん」

 その真剣な眼差しに僕は抱いていた猫を女の子へ渡した。

「でも木箱に入っていたよ」

「……お母さんに捨てられちゃったの……」

 女の子は白猫を胸に強く抱き締めて、目を閉じた。

 

 女の子は、よく見ると寒い冬なのに上着も着ていない。薄手のカットソー一枚でどことなく薄汚れていて、しかもビーチサンダルを履いていた。しかも足や、袖から覗く腕には紫色の痣のようなものがあった。……殴ったような? 叩かれている? 誰に? ……母親に?


「猫、うちに連れて帰るの?」

 僕が聞くと、女の子は首を振った。

「また捨てられちゃうから」

「じゃあ、どうするの?」

「……ここで、飼う」

「ここ、寒いし、誰かに連れて行かれちゃうかもよ?」

「……」

 女の子は猫をぎゅっと抱き締めて、泣き出しそうな顔をした。


「ねえ、僕んちで飼ってもらえるか聞いてみるから、もし僕んちで飼えたら、君がお世話をしてくれない?」

「え?」

 女の子は顔を上げて、僕を見た。大きくてきれいな目だ。年は僕と同じくらいかな? すごく痩せていて小さいけれど。

「ねえ、君、名前何て言うの? 何年生?」

「亜美。……五年生」

「僕は蒼生って言うんだ。六年生だよ。小学校はどこ?」

 亜美の小学校は僕と同じだった。でも、「あまり行っていない」と言った。


「ねえ、亜美。これからいっしょに僕んちに来てくれる? お母さんに猫のこと、いっしょに頼んでくれる? きっと僕、塾に行かなかったこと怒られたりするから、いっしょに謝ってくれると嬉しいんだけど?」

 亜美は顔を輝かせて頷いた。

「じゃあ、行こう」

 僕は白猫を抱いている亜美といっしょに並んで家へ向かった。


 あーあ。お母さんにすごく怒られるなあ。だけど、きっとこの猫見たら、喜ぶに決まっている。何しろ、お母さんは猫が大好きだから。ずっと「猫飼いたい」って言っていたし。

 それに。

 僕は亜美をそっと見た。

 お母さんはいつも「人に優しくしなさい」って言っていた。亜美のことも、きっといっしょに考えてくれると思う。


 僕は、亜美の寒そうな足や見え隠れする殴られた跡を見ながら、君にもあたたかい場所が必要なんだ、と思った。





  「木箱の猫と君のこと」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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