第74話 小春日和

 ずっと曇天が続いている。

 冬の陰鬱な天気だ。

 わたしは洗濯物を室内干しにして、窓から庭を眺めた。

 落葉樹の葉は落ち、地面に茶色く積もっている。常緑樹は緑を誇っているけれど、冬に見るとどうしても寒いような気持ちになるのはなぜだろう? 光線の加減だろうか。

 庭は全体的に寒々しく、凍りついたように見えた。

 ――玄関が勢いよく開き、「ただいま!」という明るい声がして、冬の陰鬱な気配が一気に吹き飛んだ。


 娘が生まれた十二月の始めの頃も、やはり冷たい日々が続いていた。

 わたしは風邪をひかないよう気を配って、いつも暖かい恰好をしていた。

 ところがその日は暖かい陽射しが庭を満たし、コートが必要ではない陽気だった。

 小春日和。

 青い空はどこまでも澄んで、雲ひとつない、美しさだった。

 庭の山茶花はピンクの花をきらきらとさせていた。

 いつもやってくるトラ猫が毛づくろいをして、その毛も輝いて見えた。

 世界はなんて美しいんだろう。

 すべてがきらきらと輝いて見えた。

 その瞬間、下腹に鈍痛が走った。いままでにない感覚。


「それで、あたし、こはるってゆうの?」

「そうよ。小春日和の小春」

 学校で「自分の名前の由来」を調べてくる宿題が出て、わたしは娘に名前の由来を話していた。

「そっかあ。分かった!」

「自分で書ける?」

「うん、頑張る! ここでやるね、宿題!」

 娘はランドセルからノートを取り出し、一生懸命に文字を書き出した。たどたどしい文字がなんて愛おしいのだろう。

 娘はいつもきらきらとしたものを運んでくる。産声をあげた日のように。また、今日のように。

 わたしは大きなお腹をさすった。また、冬に生まれる。きょうだいを作ってあげたいと思いつつもうまく出来なくて、年が離れたきょうだいになってしまった。

「赤ちゃん、いつ生まれるかなあ」

 小春はわたしのお腹をそっと撫でた。

「もうすぐだよ、きっと」

「名前、何にする?」

「何にしようかなあ?」

「楽しみだね!」

「うん、楽しみだね」

 子どもはみんな、輝きを持って生まれてくる――





  「小春日和」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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